印刷で電子素子を作る技術に大きな前進があった。大気下の室温での印刷によって有機薄膜トランジスタを作製する技術を、物質・材料研究機構の三成剛生(みなり たけお)研究員と岡山大学の金原正幸(かねはら まさゆき)助教らが世界で初めて確立した。既存の製法では欠かせない100℃以上への加熱を必要としないため、熱で変形しやすいプラスチック基板や紙、生体材料など何にでも印刷可能で、印刷を使うプリンテッドエレクトロニクスを飛躍させる可能性がある。技術の完成度は高く、実用化にも近い。5月9日付のドイツ科学誌Advanced Functional Materialsのオンライン版に発表した。

図1. 室温導電性金属ナノ粒子と室温印刷で作製した有機トランジスタ

金属や半導体材料をインク状にして、印刷技術を用いるプリンテッドエレクトロニクスは大規模で高価な製造装置を必要としないため、低コストで大面積の電子素子や回路を形成する新技術として注目されている。しかし、100℃以上の高温プロセスが必要なため、フィルムのようなプラスチックや紙など、熱に弱い基板に印刷しようとすると、基板の変形や劣化が大きな問題だった。

図2. フレキシブルなプラスチックフィルムに印刷した有機トランジスタ

研究チームの岡山大の金原正幸さんは、室温で塗布して乾燥するだけでよい金属ナノインクを開発した。このインクは、ナノスケールの金に芳香族化合物の分子を配位したナノ粒子。インクとして分散させれば、室温で導電性を発現し、熱に弱い基板への電極形成を可能にした。

物質・材料研究機構の三成剛生さんは、基板の表面に光照射によって親水・撥水性の領域を形成することで、この金属ナノインクを塗布して、精密な電極を形成する新しい方法を考案した。このプロセスは1℃の昇温や真空にする必要もない。この方法で作った有機薄膜トランジスタは、性能面においても、高温プロセスで作った従来品をしのいでいる。室温プリンテッドエレクトロニクスの時代の幕を開いたといえる。研究チームは特許も出願した。

三成剛生さんは「すべて室温、大気下で有機薄膜トランジスタを作れる点が新しい。熱に弱いプラスチックや紙など世の中のあらゆる材料で、印刷によって素子ができる意義は大きい。実用化にはすごく近い。インクのナノ粒子に金でなく、銀を使う方法も試みており、コストダウンはさらにできる」と話している。