理化学研究所(理研)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設「SACLA(SPring-8Angstrom Compact free electron LAser:サクラ)」に、XFEL光の偏光を自在に制御するための装置を導入して円偏光したXFEL光の生成に成功し、超高速な磁気現象や「キラル物質」の研究に適したXFEL光が利用できるようになったと発表した。
成果は、JASRI 利用研究促進部門の鈴木基寛主幹研究員(理研客員研究員)、理研 放射光科学総合研究センター ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクターらの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月3日付けで英放射光科学専門誌「Journal of Synchrotron Radiation」オンライン版に掲載された。
XFELは、レーザーとX線の両方の特長を兼ね備えた光だ。この光を使って試料を観察すると、物質中や生体中の原子や分子の1ピコ秒(1兆分の1秒)よりも速い動きを見ることが可能になると期待されているところだ。SACLAや米SLAC国立加速器研究所(旧・スタンフォード線形加速器センター)の「LCLS(Linac Coherent Light Source)」から得られるXFEL光の性質は、これまでで最も強力とされてきた理研が所有しJASRIが運用する大型放射光施設「SPring-8」(SACLAは同施設に併設する形で建設された)の放射光より優れている。例えば、SACLAのXFEL光は波面がそろっているため、X線の干渉を使った高分解能な観察に適しているといった利点があるのだ。また、10フェムト秒という発光時間の短いパルス光であり、高速現象を観測することができるのである。
その一方で、SPring-8の放射光にはあるが、SACLAではまだ十分に活用されていない性質もあり、それが「偏光」だ。X線は電磁波の1種だが、偏光とは電磁波の振動する方向が定まっている光のことである。正確にいえば、SACLAからのXFEL光も偏光しており、その振動方向は水平面内に定まっている。これを直線偏光と呼ぶ。ちょうど、蛇が体をくねらせて進む時のようなイメージだ(画像1)。
偏光の状態には、直線偏光以外に「円偏光」ある。これは、光の振動方向が螺旋を描くように回転する状態だ。円偏光したX線を使うと、磁気の源である電子スピンや電子の軌道運動を観察できるため、磁石の性質を持つ物質(磁性体)の研究に役立つ。また、アミノ酸、糖類、アドレナリンなどの有機分子や、水晶やテルルなどの無機質結晶など、原子配列が螺旋構造を持つキラル物質の研究にも適用できるというわけである。
SPring-8では直線偏光、円偏光ともに利用できるが、SACLAではこれまで、直線偏光しか利用することができなかった。そこで研究チームは、SACLAのビームラインにX線の偏光状態を変換するための素子(画像1・2)を導入する改良を進めたのである。SACLAの光源から得られる直線偏光をこの素子に通すことで、円偏光したXFEL光の生成に取り組んだというわけだ。
画像1(左):ダイヤモンド結晶による偏光状態変換の模式図。SACLAからのX線は水平方向に電磁波が振動する「直線偏光」。この直線偏光したX線をダイヤモンド結晶素子に透過させると、螺旋状に回転する「円偏光」に変換される。画像2(右):SACLAのビームラインに導入された装置の外観。真空槽の中にダイヤモンド結晶素子が収められている |
実験では、SACLAで発生させたXFEL光を人工合成したダイヤモンド結晶の素子に透過させる手法が採られた。人工ダイヤモンド結晶やシリコン結晶は、結晶中の欠陥や転位がない理想的な原子配列を持つ「完全結晶」とみなすことが可能だ。完全結晶では、X線の波が結晶内部で多数回の反射を起こすことによる「動力学的回折」に起因する光学的な効果が起こるのが特徴で、X線の偏光制御はこの効果が利用されているのである。
それらの結晶にX線を照射し、結晶の角度を「ブラッグ回折角」の近くで微調整すると、結晶を透過したX線の偏光状態を制御することが可能となるというわけだ(SPring-8を初めとする放射光施設で広く使われている)。なおブラッグ回折角とは、結晶にある角度でX線を入射すると、X線の波長と原子配列の間隔が一致してX線が強め合って反射するが、その時のX線と物質の原子配列面とのなす角θのことをいう。X線の波長をλ、原子配列面の間隔をdとすると、λ=2dsinθという関係「ブラッグの法則」が成り立つ。
研究チームは、ダイヤモンド結晶を使った方法がXFELに対しても適用できると考察。今回の研究においてその実証が試みられた。使用したダイヤモンド結晶の厚さは1.5mm、結晶方位は(100)だ。220回折条件の近くで使用され、X線の光子エネルギーは11.562keVとされた。
磁性体試料である「CoPt3(コバルト白金)合金」箔の磁気円二色性信号が測定され、その強度から円偏光度が見積もられた。220面からのブラッグ回折が起こる角度を中心に、ダイヤモンド結晶の角度を±150秒(1秒は1/3600度)の範囲で調節。
そして画像3に示されているのが、円偏光の純度を示す「円偏光度」の測定結果だ。赤い丸は実験結果を、青線は理論計算の結果を示す。回折角から+31秒の角度で円偏光度Pc=-0.97が、回折角から逆方向に結晶を傾けた-31秒では、円偏光度Pc=+0.82が得られたという。
円偏光度は通常はPCという記号を使って表され、PC=+1.0と-1.0の間の値を取り、絶対値が1に近いほど純度が高いことを示す。正負の符号は偏光の回転方向を表し、完全な右周り円偏光では、PC=+1.0、完全な左回り円偏光ではPC=-1.0である。つまり、Pc=-0.97はほぼ純粋な左回りの円偏光が得られたことを示しており、Pc=+0.82は左回りほどではないが、こちらも右回りの円偏光が得られたことがわかるというわけだ。ダイヤモンド結晶の角度をわずか60秒ほど(1/60度)変化させることで、円偏光の回転方向を右回りと左回りに切り替えることに成功したのである。
また今回用いられた装置では、結晶の角度を最大100Hzで振動させることが可能だ。つまり、円偏光の回転方向も100Hzという高速で反転させることができることになる。SACLAからは最大60HzでXFEL光のパルスが生成されるが、パルスごとに偏光状態を選ぶことが可能となるというわけだ。
円偏光したXFEL光の発生は、海外のほかのXFEL施設ではまだ行われていない。XFEL光の発生源であるアンジュレータを改造することで円偏光を発生する方式が提案されているが、今回の研究ではダイヤモンド結晶素子というコンパクトで比較的安価な装置によって、高い純度の円偏光X線を効率よく発生させたことが大きな特色だという。
円偏光したXFEL光は、磁性体中の電子スピンの高速な運動や、生体由来のキラル物質の構造や動きを観測する研究への応用が可能なことは前述した通りで、XFELの利用範囲が格段に広がることが期待できるとする。近年、磁性体に可視光レーザーパルスを照射することによって、電子スピンの向きが高速に反転する現象が発見され、盛んに研究中だ。円偏光したXFEL光を用いることで、このスピン反転現象のメカニズムをより詳細に調べることが可能になるという。
また、電子スピンの配列と結晶構造の関係を同時に調べたり、ある特定の磁性元素のスピン状態を測定したりすることも可能だ。この研究を発展させることで、現在より100倍も高速に情報の読み書きが行える磁気記録メモリ開発などへの応用が期待できるとしている。