日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、名古屋大学は4月21日、KEKの高強度低速陽電子ビームを高輝度化して、TRHEPD(Total Reflection High-Energy Positron Diffraction:全反射高速陽電子回折)法の高度化を実現し、同手法をシリコン結晶の(111)表面に適用して、その表面超高感度性を実証したと発表した。
同成果は、JAEA 先端基礎研究センターの河裾厚男研究主幹、KEK 物質構造科学研究所の兵頭俊夫特定教授、名古屋大学の一宮彪彦名誉教授らによるもの。詳細は、応用物理学会誌「Applied Physics Express」のオンライン版に掲載された。
ナノテクノロジーでは、物質の最表面の構造が物質の性質に大きな影響を与える。そのため、材料の最表面を原子レベルで正しく観測し、物性を理解することが、表面に望ましい性質や機能をもたせるうえで不可欠である。原子レベルで構造を解析する手法には、電子線やX線、中性子線などを用いた回折実験などがあるが、どんなに浅い角度で結晶に入射しても、表面から原子数層分までビームが侵入してしまい、最表面だけからの情報を得るには様々な工夫が必要だった。
一方、正の電荷を持つ電子の反粒子である陽電子は、その電気的性質から結晶内部に入りにくく、ある角(臨界視射角)以下の浅い角度で入射すると物質の原子第1層目で全反射され、結晶内部に全く侵入しない。この性質を利用し、エネルギー10keV程度に加速させたエネルギーと向きがそろった陽電子を結晶表面にすれすれの角度で入射すると、最表面の原子配置を反映した回折パターンが得られる。その回折パターンから、最表面の原子配置を調べる実験方法をTRHEPD法と言う。同手法は、表面に対する感度が非常に高く、最表面の原子配置を精度良く決めることができる。
KEKの物質構造科学研究所フォトンファクトリーの低速陽電子実験施設では、世界で最も高強度のエネルギー可変低速陽電子ビームを出すことができる。今回、この高強度ビームを利用して、高効率にデータを取得できるTRHEPD装置を開発した。また、この装置の検証のため、高強度陽電子ビームを高輝度化したエネルギー10keVの陽電子を用いて、シリコン単結晶の(111)面を測定した。
その結果、陽電子は電子に比べて結晶内への侵入が浅く、特に全反射角より小さな視射角で入射すると最表面に露出した原子だけによる回折パターンを示すこと、また全反射条件から少しずつ視射角を大きくすることで、最表面の下に隠れた表面第2原子層まで、第3原子層まで、と次々に各層からの原子配列の情報を含む回折パターンが得られることが分かった。このように今回のTRHEPD法では、注目する最表面およびすぐ下の原子層以外からの情報を含まない回折パターンを得ることができることを実証した。
今後、次世代エレクトロニクス素子用の素材や、触媒など、固体の最表面の機能が重要な分野はますます広がると期待されている。それらの機能の解明には、最表面および表面近傍における原子の配列を正確に知ることが不可欠である。今回の研究は、そのための手段としてTRHEPD法が非常に高感度で有用であることを証明するものとコメントしている。