大阪大学(阪大)は4月16日、将来の報酬と損失に対する"非対称な「時間割引」"=「符号効果」の脳内メカニズムの一端を解明したと発表した。
成果は、阪大 社会経済研究所の田中沙織准教授(現・国際電気通信基礎技術研究所)、同・山田克宣講師(現・近畿大学)、同・大竹文雄教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間4月16日付けで米科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。
時間割引とは、ヒトが将来のことを予測する際に、将来もらえる報酬に対し、それまでにかかる時間のことを割り引いて考えることをいう。その一方で、損失の場合は時間割引が行われない傾向があることが知られている。つまり、1ヶ月後に1万円を受け取る場合と1ヶ月後に1万円を失う場合では、失う1万円の方が受け取る1万円より今の時点で大きく感じられるということだ。
経済学では、この報酬と損失の時間割引の非対称性のことを符号効果という。ただし、符号効果はすべてのヒトに観察されるわけではない。近年、符号効果の有無が、肥満や喫煙、多重債務などと関係していることが指摘されている。しかし、符号効果の神経科学的なメカニズムはこれまで明らかにされていなかった。
そこで研究チームは符号効果のメカニズムを明らかにするため、すぐにもらえる小さい報酬と、時間がかかるが大きな報酬の二択を行う「異時点間選択課題」を、報酬および損失に対して実施し、参加者の報酬および損失に対する時間割引率の推定を実施した(画像1・2)。
参加者の報酬および損失に対する時間割引率。画像1(左):2つの報酬が得られるまでの時間遅れの空間に参加者の全選択(白を選択:○、黄色を選択:●)をプロットして、2つの図形の割引現在価値(将来の報酬・損失に対する現時点での価値)が等しくなる境界線(indifference line、赤いライン)を推定することで、被験者の持つ割引率が推定できる。境界線の切片が大きいほど小さい割引率に対応している形だ。画像2(右):推定した割引率の平均。符号効果の見られた群と見られなかった群では、報酬の割引率には有意な差は見られなかったが、損失の割引率に有意な差が確認された |
さらに、符号効果の見られた群(損失の割引率が報酬よりも小さい)と符号効果の見られなかった群の脳活動を機能的磁気共鳴画像診断装置(fMRI)により比較が行われ、その結果、損失に対する脳活動に差があることが判明したという(画像3~8)。具体的には、符号効果の見られなかった群では、損失までの時間遅れに対する「線条体」の活動および、損失の大きさに対する「島皮質」の活動が、符号効果の見られた群と逆のパターンだったことが判明した。
一方、報酬に対する脳活動には、両群で差は見られなかったという。また、各群での報酬と損失に対する脳活動のパターンを比較すると、符号効果の見られた群では、報酬よりも損失において時間遅れや大きさに対してより大きく活動しているのに対して、符号効果の見られなかった群ではその活動パターンは見られなかった。この結果は、脳活動における「損失に対する過大な反応」の欠如が、符号効果の欠如の原因である可能性を示唆している。
脳活動のfMRIによる比較。符号効果の見られた群と見られなかった群では、損失に対してのみ、線条体(画像3:左)と島皮質(画像4:右)に異なる活動が確認された |
画像7(左):符号効果の大きさ(報酬と損失の割引率の差)と、線条体の時間遅れに対応する活動の報酬と損失の差の間に、有意な相関が判明。つまり、符号効果の大きい(報酬と損失の割引率の非対称性が大きい)ほど、報酬と損失の線条体の活動の差が大きいことを意味する。画像8(右):島皮質でも、報酬・損失の大きさに対応する活動の報酬・損失の差と、符号効果の大きさの間に、有意な相関が確認された |
符号効果は行動経済学において人々の行動特性を示す指標の1つとして知られており、近年の研究で符号効果が見られなかった群では、見られた群よりも肥満や多重債務、喫煙の割合が有意に高かったという報告がされている。今回の研究成果は、これらの社会問題の解明や予防、解決に脳科学から貢献できる可能性を示唆しており、社会的にも重要な成果だとした。