エイズなどのレトロウイルスは胸腺に感染して、自らを宿主の一部であるかのように偽装し、免疫による監視から逃れている。こうした巧みな仕組みを、近畿大学医学部免疫学教室の高村史記(たかむら しき)講師と宮澤正顯(みやざわ まさあき)教授らがマウスの実験で解明した。将来、エイズや肝炎などウイルスが起こす慢性感染症の治療や予防の新しい戦略にもつながる発見と期待されている。3月20日付の米科学誌プロスパソジェンズに発表した。
一般に、体内の細胞にウイルスが感染すると、免疫のキラーT細胞によって攻撃、破壊される。キラーT細胞になる前のリンパ球は、宿主自身の正常細胞を誤って攻撃することがないよう、胸腺で教育を受けてから全身に行きわたっていく。
研究グループは、マウスに感染するレトロウイルス(遺伝子がRNA、逆転写酵素を持つ)で実験した。このレトロウイルスは胸腺に感染して、ウイルスタンパク質をどんどん発現し、宿主の一部かのように偽装した。いわば、キラーT細胞に分化する前のリンパ球に対して、レトロウイルスを自己と認識して攻撃しないよう、誤った早期教育を行っていた。これで、レトロウイルスは自らを攻撃する免疫細胞が出現することを防いでいるといえる。キラーT細胞は、ほかのウイルス感染細胞に対しては攻撃でき、免疫力を発揮する。
高村史記講師は「エイズウイルスなどが感染すると、ヒトの胸腺細胞を破壊するが、今回発見したような免疫寛容の一部誘導が起きている可能性はある」とみている。また宮澤正顯教授は「難しい実験をこなして、はっきり実証した。子どもがエイズに感染すると、免疫機能の中枢の胸腺がやられる傾向が強いので、末梢の免疫機能低下とは別に、この仕組みは重要だろう。結核菌などほかの微生物でも、慢性感染する場合、今回見つかった仕組みが働いているようだ。慢性化する感染症では、胸腺へのウイルス浸入を防ぐことが有効かもしれない」と話している。
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