アルツハイマー病の研究を飛躍させる可能性をはらむモデルマウスが理化学研究所(埼玉県和光市)で誕生した。新しいアルツハイマー病モデルマウスの開発に、理研脳科学総合研究センターの西道隆臣(さいどう たかおみ)シニアチームリーダーと斉藤貴志(さいとう たかし)副チームリーダーらが成功し、4月13日付の米科学誌ネイチャーニューロサイエンスのオンライン版に発表した。既存のモデルマウスよりも患者脳内のアミロイドの蓄積を忠実に再現しており、研究や新薬開発に貢献する画期的マウスとして期待されている。
アルツハイマー病は、アミロイドβペプチド(Aβ)が凝集し、アミロイド斑となって脳内に過剰に蓄積することが発症の引き金になると考えられている。現在広く使われているアルツハイマー病のモデルマウスは、遺伝子追加挿入(トランスジェニック)でAβ前駆体のタンパク質(APP)を過剰に発現させて作られた。1995年に作製されてからずっと、このモデルマウスが世界のアルツハイマー病研究で使われてきた。しかし、アミロイド前駆体タンパク質ができ過ぎて、さまざまな生理的な悪影響を及ぼしている。脳内のアミロイドの蓄積や症状もアルツハイマー病患者とあまり似ておらず、疾病モデルとして疑問視されていた。
理研のグループは、この問題を解決するため、病態により合ったモデルマウスの作製に2002年から取り組んだ。遺伝子を過剰発現させる方法でなく、APP遺伝子の2カ所の塩基を、患者でみられる変異塩基に置き換えるノックイン技法で、新しいマウスを作った。4年間、このマウスを詳しく解析した。脳のアミロイド斑の形成が生後6カ月から始まり、加齢に伴って増えた。その蓄積はヒトの患者の脳とよく似ていた。また、アミロイド斑の形成とともに、神経炎症やシナプスの脱落が起き、18カ月齢から記憶学習脳の低下が見られた。 突然死が起きないため、研究にも使いやすい。これを第2世代モデルマウスと位置づけた。
この第2世代モデルマウスに、家族性アルツハイマー病の変異のひとつをさらに組み込んだマウスも作製した。脳内のアミロイド斑の形成が早く、神経炎症や記憶学習能の低下も6カ月齢から加速していた。このマウスを第3世代とした。研究グループは「アミロイド斑の形成初期の実験には第2世代マウスを、アミロイド斑形成後の病態変化を調べる実験には第3世代マウスというように、目的によって使い分けることもできる」としている。
高齢者が増えるにつれて、アルツハイマー病は世界中で急増している。その解明と、治療・予防法の開発は人類的な課題になっている。しかし、この10年間、多くの製薬会社が新薬の開発に挑んだが、決め手となる薬は現れていない。その一因として、新薬開発の際に使われるモデルマウスが人工的過ぎるという欠陥が指摘されており、より適切なモデルマウスが待望されていた。理研の新しいマウスはその有力な候補として、各国の研究者から注目されている。国内外で特許も取得した。アカデミーの研究には無償で、製薬会社などには、ライセンス契約して提供する。
研究グループの斉藤貴志さんは「これまでは、正しい病態を反映しない人工的なアルツハイマー病モデルマウスで研究してきたという思いが強かった。新しいモデルマウスの作製には、かなりの労力と年月がかかったが、複数の変異を入れたのがよかった。ヒトの病理に近いマウスなので、アルツハイマー病の研究の発展につながる。脳の老化の研究にも役立つだろう。世界中の研究室で広く使ってもらいたい。アルツハイマー病研究で標準的なモデルマウスになるよう期待している」と話している。
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