この数年、半導体デバイスベンダがこぞって語るようになった言葉がある。それは、「単なる半導体デバイスを提供するベンダから、ソフトや周辺素子、プリント基板などまで含めてカスタマにソリューションとして提供するプロバイダになることを目指す」といったような趣旨のものである。例えば国内では、産業革新機構などから1500億円の資金を調達したルネサス エレクトロニクスが、その際にデバイスのみならず、キット、ソフトウェアなどを含めたプラットフォームへビジネスの軸足を移していくことを発表しているが、これは海外の多くのデバイスベンダも同じ方向に舵を切っている。
Maxim Integratedもそうした企業の1つだ。同社は近年、リファレンスキットを提供する専門チームを編成し、ターゲットとする分野に向けたソリューションとしてドキュメントの整備なども含めて提供を行っている。「Maximの考えるリファレンスは、システムやサブシステムとして、実製品にそのまま組み込んで使用できるもの、という定義をしている」と同社Reference Design ManagerのDavid Andeen氏は語る。
カスタマの最終製品にそのまま組み込んで使ってもらうためには、デバイスを搭載したリファレンスボードとソフトウェアだけでは不十分であり、それらの性能や特性を理解してもらうためのクイックスタートガイドや回路図/レイアウト、部品表(BOM)、ガーバーデータなども重要になってくる。特に、どの半導体ベンダでもそうだが、これまでもリファレンスマニュアルなどは提供しており、同社もそうであった。そうした中にあって、あえて専任チームを立ち上げた理由として同氏は「提供する各種の資料を一定の基準以上のものへと標準化することができるようになり、それがそのまま製品として活用してもらう基盤となっている」とし、そうした資料を作成するうえでは、同社が勝手にこう使ってくれ、と伝える形ではなく、顧客が作りたいシステムの設計に沿って、そこで実際にパフォーマンスを発揮できるような形でデザインすることを重要視していることを強調する。
こうした取り組みを行うことで、3つの戦略的メリットをMaximは得ることができるという。1つ目は「顧客の思考プロセスに則ってデザインを行うため、関係性を強化することができる」ということ。2つ目は、「Maximとして、そうした最終製品の理解が進むことで、市場理解や当該分野の知識を深めたり、市場トレンドを理解することができるようになる」ということ、そして3つ目が「競合に比べてより優れたものを出せるようになる」ということだとする。
とはいえ、世界にはさまざまなビジネス分野があり、そのすべてに深く入り込むことは不可能だ、ということで、同社は現在、「パワー」、「プログラマブルロジックコントローラ(PLC)/プログラマブルオートメーションコントローラ(PAC)」、「センサ」の分野に向けたリファレンスの拡充を図っており、すでに2013年から2014年にかけていくつかのリファレンスが発表されている。
例えば2013年8月に発表した「絶縁型オクタル(8回路)デジタル入力トランスレータ/シリアライザ」を搭載した「Corona」。産業用PLC向けリファレンスデザインで、消費電力の大きなフォトカプラを不要にすることができるので、電力の削減および信頼性の向上を図ることができるという。また、2014年2月にはHART通信プロトコルを内蔵したループ駆動温度トランスミッタのリファレンスデザイン「Novoto」を発表している。ルネサスのRL78/G13マイコンと組み合わせ、システムトータルで3mA未満の動作電流ながら、16ビットA/Dコンバータによる高精度な温度測定を実現することが可能だという。このほかにも同年2月にはRGB/赤外線(IR)の照度センサ「Santa Cruz」も発表している。こちらも産業機器向けにRGB/IR/可視そして温度の6つのセンサ(RGBで3つ)を搭載したリファレンスデザインで、IO-Linkソフトウェアを内蔵しており、カスタマがプラグイン的に産業機器に組み込むことも可能となっている。
また、2014年は新分野として「エネルギー」への進出を進めており、2013年より提供を開始した、プラグやスイッチなどに手がるに搭載できる絶縁型計測サブシステム「Sonoma」の本格的な提供を進めるほか、新たなリファレンスデザインの開発も進めているとする。さらに「センサ」分野についても少なくとも新たに2つのリファレンスデザインの開発を進めているとのことで、2014年はこの2つの分野のリファレンスデザインの拡充が進む年になるという。
加えて、2014年後半からは医療機器やセキュリティ分野に向けたリファレンスの提供も計画しているとのことで、「Maximは半導体企業として高性能リファレンスデザインを提供していくことをコミットしている。そうした意味では、開発リソースの拡充なども随時行われていくものと考えている」(同氏)とのことで、一気呵成にシステムとしても利用可能なレベルのリファレンスデザインを提供していくことで、他社との差別化を図っていくとする。
他社との差別化というと、こうしたリファレンスデザインをそのまま最終製品に組み込んでしまうと、同社の顧客であるセットメーカーはどこで付加価値を生み出せば良いことになるのだろうか。その点について同氏は、「ソフトウェアや製品のデザインなどで差別化を図ることができるほか、リファレンスデザインをベースに別の機能を追加するといったことも考えられる」とする。とはいえ、そのまま製品で使えるレベルのリファレンスデザインであるのなら、OEM/ODM的な受託設計・開発業務にも進出可能な気もしたので、そうした質問をしてみたところ、「そうしたビジネスに進出する可能性も将来的にはあるかもしれないが、現在としてはこうしたデザインをベースにカスタマがより良い製品を生み出す手助けをしていくことが最大の目標」とのことで、「デザインファイルは無料でカスタマに提供しているし、基板(キット)についても原価レベルで提供している。この取り組みが意味するところは、あくまでカスタマの開発プロセスを加速する手助けを目的にしているからだ」と自社のスタンスを説明する。
また日本地域でのターゲットは色々あるとはするものの、やはりその中心は製造業だという。大企業、中小企業の隔てなくリファレンスデザインは提供していくとするほか、サポート体制についても、日本法人のFAEチーム、同社の製造工場スタッフ、そしてリファレンスデザインのチームメンバーという3段重ねの手厚い体制を構築しているという。
なお同氏は、今後、4半期で4~8個程度のリファレンスデザインの提供を目指すとしており、見た目が派手なデモボードの開発もさることながら、「基本的には、Maximのリファレンスを手に入れると、どういったことができるのかを常に簡単に理解してもらえるようなドキュメントの整備に注力することで、カスタマのエンジニアに気持ちよく開発してもらえる環境を提供することを目指したい」とし、同じ分野にさまざまなリファレンスを提供していくことで、同社としてその分野に対する本気度を示し、カスタマにより良い効果をもたらす取り組みへと発展させていきたいとした。