理化学研究所(理研)は3月24日、室温で動作する実用的な高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムを開発したと発表した。
同成果は、同所 光量子工学研究領域 テラヘルツ光源研究チームの范書振特別研究員、南出泰亜チームリーダーらによるもの。詳細は、米国の学術雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に掲載された。
近年、テラヘルツ電磁波(テラヘルツ波)の研究が進み、基礎科学だけでなく産業での応用開発も進むようになってきた。テラヘルツ周波数帯には、指紋スペクトルと呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しており、この特性を利用した新たな分析技術や検査技術など、非破壊センシングイメージング技術も注目されている。特に、郵便物内の違法薬物検査、薬の品質管理、半導体キャリア密度測定、環境センシング、火災現場での建物内の透視、文化財の検査、やけど診断、塗装膜の品質測定など、様々な非破壊検査への応用が期待されているが、実用のためには研究用・産業用を問わず、計測時間の短縮化や時間変化を撮影できることが求められていた。
また、最近では、2次元赤外線アレイセンサを改良したテラヘルツ波カメラが市販され、その用途開発が進んでいる。一方、より微弱なテラヘルツ波の検出技術の実現も求められ、量子ドット構造のデバイスやカーボンナノチューブを用いた新しい素子が開発されている。しかし、これらは素子を極低温に冷却する必要があり、幅広い産業利用や実用化には室温で動作する高感度イメージング技術の開発が求められている。
これまで研究グループは、室温での高感度テラヘルツ波検出を実現するために、非線形光学効果を用いてテラヘルツ波を近赤外光へ波長変換し、変換信号を近赤外光検出器で高感度に計測する方法を開発してきた。これまでに、数十アトジュール(10-17J)オーダーの超微弱テラヘルツ波エネルギーの計測に成功していたが、今回の研究では、高効率に波長を変換する非線形光学素子として、独自に育成した有機非線形光学結晶DASTを用いて、室温で動作する高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムを開発したという。また、テラヘルツ波発生機構にもDAST結晶を用いて、波長532nmのレーザを光源に使用し、DAST結晶を励起するための2波長KTP(KTiOPO4)光パラメトリック発振器を構築した。DAST結晶を用いることで、テラヘルツ波の周波数を約2~30THzまで自在に変化させることができるという。
実験では、約19THzのテラヘルツ波を発生させ、金属アルミニウム箔を紙に貼り付け、アルファベットの"K"の形に切り抜いた試料に照射した。金属はテラヘルツ波を遮断するため、テラヘルツ波像としては"K"の形が抜けた像になる。テラヘルツ波像から光波像への変換には、DAST結晶上へテラヘルツ波像を縮小投影して、これを光波像に変換した。
テラヘルツ波を近赤外光に変換するために、別途構築した1波長KTP光パラメトリック発振器からの励起光を同時にDAST結晶に照射して非線形光学効果を起こし、テラヘルツ波像を近赤外光の像へと転写した。さらに、励起光と信号光をフィルタで分離した後、高感度近赤外光カメラによって転写した近赤外光を観測して、テラヘルツ波像の可視化に成功した。
また、従来のテラヘルツ波カメラを用いて、同様の室温計測条件下で試料の直接テラヘルツ波イメージの計測を行ったが、今回の実験では計測できなかった。結果として、室温動作でテラヘルツ波カメラ以上の高感度でテラヘルツ波イメージングの実現に成功したことになる。
今回開発した高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムは、極低温に冷却する必要がなく、室温動作が可能なことから、多くの非破壊検査システムへの応用が期待できるという。また、高感度かつテラヘルツ波を拡大できるため、より広い領域に照射して検出でき、結果として計測時間の短縮を図ることが可能になるほか、生体などをテラヘルツ波で見る場合には、その時間変化や、照射角度、位置を連続的に変えた測定など、時間的な変化のモニターにも対応できるとのことで、生産ラインでの半導体基板のキャリア密度計測、郵便物内の違法薬物検査、食品生産ラインでの髪の毛や異物混入の検査、植物生育での水分量変化モニタ、医療における皮膚の検査、プラズマ密度の時間変化計測、化学反応の時間変化計測など、様々なテラヘルツ波応用分野で同技術の利用が期待できるとしている。なお、今後については、実用化に向けて、より高い解像度やシステムの小型化などに取り組んでいくとしている。