東京大学は、電流と垂直に磁場をかけると巨大な起電力(巨大ホール効果)を示す磁性体において、量子臨界性を発見したと発表した。
同成果は、同大 物性研究所の中辻知准教授、石川洵博士課程大学院生、独ゲッティンゲン大学のPhilipp Gegenwart教授、常盤欣文研究員らによるもの。詳細は、英国科学誌「Nature Materials」オンライン版に掲載された。
現在のCPUに用いられている揮発性メモリは、電力を供給しないと記憶している情報を保持できないため、消費電力が大きいという欠点がある。一方で、不揮発性メモリはメモリ維持のための電力を必要としないために、低エネルギー消費の情報処理を実現する上で不可欠な技術となっている。現在、そうした両方の良い所を組み合わせた次世代メモリの開発が各所で進められているが、その中の1つとして注目されているのが、単層で作動する構造的に単純なホール素子における異常ホール効果を利用することで電力の散逸を削減した新しいメモリ機構だ。すでに、中辻准教授らはこれまでの研究からゼロ磁場かつ磁化のない状態で自発的に現れるホール効果(自発的ホール効果)を利用することで、エネルギー損失や発熱がなく、従来の異常ホール効果よりも大きな信号が弱磁場で得られるなどの成果を発表していた。しかし、自発的ホール効果が現れる機構そのものについては不明な点が多く残されており、不揮発性メモリの基盤的な技術の開発が求められていた。
また、磁性体において、原子の位置やスピンの方向などは常に熱的に揺らいでいる一方、温度を下げて絶対零度に近づけると、その熱揺らぎは消失し量子揺らぎのみが存在することが知られている。通常の相転移は熱揺らぎを媒介として、有限温度で起こるほか、圧力、磁場などのパラメータを変化させることで、絶対零度で相転移を引き起こすことができる(量子相転移)。量子相転移点の近傍では、量子揺らぎのため異常な磁性や金属状態が示されており、銅酸化物系や鉄砒素系の高温超伝導や、重い電子系と呼ばれる強相関電子系での非従来型超伝導が知られており、固体物理に限らず、量子情報など、さまざまな分野で研究が行われている。
今回の研究では、パイロクロア磁性体「Pr2Ir2O7」のスピン液体状態で現れる巨大な自発的ホール効果の発現機構を調べるために、量子臨界性の有無を明らかにする実験研究を行ったという。同物質ではPrが四面体を組み、Prの持つ磁気モーメント間の相互作用がスピンアイスという幾何学的にフラストレートした状態にあるため、基底状態は磁気秩序状態を持たず、スピン液体であることが知られているほか、液体状態が自発的ホール効果を示すことから、スピンのキラリティが有限の値を取っているキラルスピン液体と考えられてきたが、今回の研究では、磁気熱量効果の高精度測定を行ったという。
この磁気熱量係数は量子臨界点において無限大の値に発散することが予想されており、量子臨界性の存在に敏感であることが知られているが、測定の結果、同物質の磁気熱量係数は発散することが分かり、量子相転移の存在が示された。また、臨界スケーリングという解析を行い、量子臨界点の位置を調べた所、ゼロ磁場が臨界点であることが判明し、これにより、同物質はゼロ磁場で、まったくパラメータを調整することなく、量子臨界点に位置していることが明らかとなった。
図4 Pr2Ir2O7における磁気熱量係数ΓHの発散 |
図5 Pr2Ir2O7の量子臨界点の解析。この解析からゼロ磁場が臨界点であることが示された |
図6 (A)氷(アイス)と(B)スピンアイスの図。氷におけるプロトン変位とスピンアイスにおける磁気モーメントは1対1に対応しており、ともに2-in2-outのアイスルールを満たす |
研究グループでは、今回発見した臨界性は従来の磁性の枠組みでは説明できず、新たな理論が必要となるとしており、この結果は、幾何学的フラストレーションのために現れた量子臨界性のもとに、キラルスピン液体とその異常ホール効果が発現していることを示すと説明しているほか、Pr2Ir2O7におけるキラルスピン液体は、スピンアイスというフラストレートしたスピン状態から実現しているが、スピンアイスは量子スピン液体やモノポールなどに代表される量子磁性現象の宝庫であり、今回の性質の発見により、さまざまな物質群の実験、理論研究の活発化を促すと期待されるとしており、新しい自発的ホール効果や、それを用いた今後のホール素子に基づくメモリ機構の開発のための重要な一歩となると期待されるとしている。