宇宙航空研究開発機構(JAXA)とヤクルトは3月19日、国際宇宙ステーション(ISS)を利用した共同研究として、2014年度から2019年度までの期間において「宇宙空間におけるプロバイオティクスの継続摂取による免疫機能および腸内環境に及ぼす効果に係る共同研究」を開始することで合意したと発表した。
今回の共同研究は、ISSに長期滞在する宇宙飛行士を対象に、プロバイオティクスの継続摂取による免疫機能および腸内環境に及ぼす効果を科学的に検証することで、宇宙飛行士の健康管理や、来たるべき月火星への有人探査の時代における生命科学の発展に寄与することを目指して実施されるもの。
AXA有人宇宙ミッション本部長の長谷川義幸氏は、今回の取り組みについて、JAXAとして目指すべき3つの目標があるとする。1つ目は、宇宙に滞在すると、筋委縮や骨量の減少が生じることが、これまでの研究などからわかっており、そうした課題を克服し、宇宙飛行士のパフォーマンスを最大限に引き出す必要があるという点。2つ目は、これまでJAXAは理化学研究所(理研)とともに免疫系の研究として、宇宙環境におけるストレス応答の研究などを行ってきたが、その一方でヤクルトは、「乳酸菌ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株」(ヤクルトに入っている乳酸菌)をはじめとするプロバイオティクスの研究を80年以上にわたって行ってきており、そうした知見を組み合わせることで、日本独自の宇宙飛行士の健康管理技術などを生み出すことを目指すという点。そして3つ目が、全世界的に月や火星に向けた有人探査に関する議論が盛り上がりを見せており、しっかりと宇宙飛行士たちを送り、また帰還させるために、長期にわたる健康リスクを予見し、その対策を講じる必要性が生じていること。そこに日本が主体的に参加していくためには、どうしてもそうした独自の健康管理技術などを持ち、存在感を高めていく必要があるほか、そうした最先端の治験を地上に住む人々に応用することで、社会の健康増進にもつながることが期待できるとしている。
また、ヤクルトの代表取締役社長COOである根岸孝成氏は、「ヤクルトは全世界的に届けられている乳酸菌飲料だが、それを宇宙にも届けるという道が開けることに対し、大きな期待を寄せている」とし、宇宙環境における腸内環境の変化や役割の解明を通じて、人類の健康に貢献を図っていくことを強調したほか、「JAXAとヤクルトの共同研究に合意を得られたのは夢の実現に向けた大きな一歩」と表現した。
これまでの研究から、宇宙に滞在する宇宙飛行士の身体へのリスクは滞在期間が長くなればなるほど増大することがわかっている。この理由として、ISSでの長期滞在に加え、打ち上げ、帰還時のストレスにより免疫機能(ナチュラルキラー細胞:NK細胞)の低下や、腸内細菌叢(腸内フローラ)が乱れ、いわゆる悪玉菌が増え、ビフィズス菌などの善玉菌が減るということまではわかっているものの、その詳細のメカニズムは不明であり、将来的な超長期の宇宙滞在に向け、実際にどういったことが体内で起こっているのか、その対策法を模索する必要があった。
そこで今回の共同研究となったわけだが、実は簡単に実現できるわけではないという。その最大の問題が乳酸菌という生きた菌をISSにどう持ち込むか、という点。現在の宇宙食の規定は、できる限りISS内部をクリーンにし、ウイルスや細菌への感染リスクを低減することを目的に、そうした生菌を持ち込むことが厳しく制限されている。また、カプセルなのか、固形なのか、ドリンクタイプなのか、といったことも搭載性含めて検討をしていく必要があるほか、具体的に宇宙環境において、生菌をどうやって長期に保存するのか、といった技術も確立されていないとのことで、そういったさまざまな技術をどう実現するか、といった課題も残されている。
具体的なスケジュールとしては、2014年度および2015年度に、どのような形で乳酸菌をISSに持ち込むのか、といった根本的な課題の解決を目指す「搭載性検討」および、軌道上での実験をどう行うか、という「軌道上実験準備」が進められる。次いで2016年度から2018年度にかけていよいよ「軌道上実験」が行われることとなり、2017年度から2019年度にかけて「解析・報告」が行われる予定だ。実際には、上記のような課題があるため、倫理委員会による審議や、科学的評価、技術的評価などを経て、ようやく本番となるため、2015年の下半期末頃から実験が開始できるようになるのではないか、という見解を示しており、2015年6月からのISSへの滞在が決定した油井亀美也宇宙飛行士には間に合わず、その後の2016年の長期滞在が予定されている大西卓哉宇宙飛行士が、日本人宇宙飛行士として、同実験に参加する宇宙飛行士となるという。
ただし、この実験、宇宙飛行士に1カ月にわたり乳酸菌を摂取してもらい、その血液や糞便を採取し、それを地上に持ち帰り解析などを行うというもので、インフォームドコンセントにより、そうした内容に同意を得た宇宙飛行士だけを対象に行う、としている。
なお、日本以外にも月や火星に向けた30カ月の宇宙滞在などの実現に向け、宇宙飛行士の健康管理手法の1つとして、米国、ロシアなどがプロバイオティクスの活用を模索している段階にあり、日本がこの分野をリードできるかどうかは、今回の共同研究がどの程度の成果を発揮できるかにかかっているとのことで、すでに75年以上にわたって世界各国で飲用されているヤクルトを活用することで、そうしたアドバンテージを得ていきたいとしている。