仮想通貨ビットコイン (Bitcoin)は、Satoshi Nakamotoという人物の論文から誕生したが、これまでNakamoto氏は一度も表舞台には登場せず、生みの親の存在もビットコインを巡る謎の1つになっていた。昨年末には文章表現のパターンからジョージワシントン大学の経済学者Nick Szabo氏がNakamoto氏であると予想した分析が話題になり、他にも政府組織の関与の指摘、集団説など、様々な推理・推測が飛び交っていた。そのNakamoto氏を突き止めたと、Newsweek誌でジャーナリストのLeah McGrath Goodman氏がレポートしている。

ビットコインの生みの親を追っていたGoodman氏は「Satoshi Nakamoto」を偽名やペンネームではないと考えた。身元を隠すために付ける名前としては、欧米では目立ちすぎる名前だからだ。Satoshi Nakamotoを本名と見なして該当する人物を調べていく内に、あるホビーショップの顧客がGoodman氏の目にとまった。Satoshi Nakamotoは論文の表現から、年齢が高く、そして米・英の表現を使う人物と見られていたが、その顧客は英国からもパーツを入手する年季が入った鉄道模型マニアで、そしてコンピュータの知識に富んでいた。

サトシ・ナカモト氏と接触

メールのやりとりにこぎ着けたものの、ビットコインについて質問したら返信が途絶えたため、Goodman氏はその人物が住むカリフォルニア州テンプルシティを訪れることにした。最初の訪問では門前払いを受けた。次に警官2人と共に訪れた時に、車庫前の道で会話することができた。「しわくちゃなTシャツ、古びたジーンズ、白いジム用の靴下という出で立ちで、靴を履いていなかったから、さながら急いで家から飛び出してきたようだった。髪はボサボサで、何週間も睡眠不足で過ごしている人のようなぼんやりとした視線だった」(Goodman氏)。目の前の人物が誰なのか知らなかった警官は、その場でビットコインのSatoshi Nakamoto氏だとGoodman氏から聞いて仰天したという (以下、Bitcoinの生みの親を「Nakamoto氏」、加州在住の男性を「ナカモト氏」と記述)。

ナカモト氏は「すでに関与していないので、話すことは何もない」「すでに他の人たちが引き継いで、今は彼らが管理している。私はもう関わっていない」とだけ述べ、ナカモト氏とGoodman氏の会話は終わった。

解雇の経験が公平なシステムを作る動機に?

テンプルシティに住むナカモト氏は64歳の日系アメリカ人。カリフォルニア工科大学を卒業し、Hughes AircraftやRCA、Quotron Systemsなどでエンジニアとして働いていた。大学を卒業した時からDorian S. Nakamotoと名乗るようになり、それから日常生活では出生名であるSatoshiを使っていなかった。公文書にもDorian S. Nakamotoと署名している。

これまでにナカモト氏からビットコインのことを聞いたことがある家族は1人もいない。しかし、誰もがその可能性を認め、そしてナカモト氏が話さないことを当然と思っている。ナカモト氏の弟のアーサー・ナカモト氏は、兄のことを「頭脳明晰」「素晴らしい物理学者」と讃えながら、同時に「兄はろくでなしだ」と言っている。自分の世界に完全にこもってしまう変わり者だという。だから、Goodman氏がビットコインのことをナカモト氏に聞いても「彼は全てを否定するだろう。ビットコインを始めたなんて、絶対に認めたりしない」と述べている。

Goodman氏は、Bitcoin FoundationのチーフサイエンティストであるGavin Andresen氏にもインタビューしている。Andresen氏は2010年6月から2011年4月にNakamoto氏とビットコインの開発を手がけたが、Andresen氏はこれまでNakamoto氏に会ったことも声を聞いたこともない。全てのやりとりはメールまたはビットコインフォーラムのプライベートメッセージを通じて行っていた。2人の間の話題はビットコイン・プロジェクトのみ。Andresen氏がNakamoto氏に、開発者としての経歴やこれまでに関わったプロジェクト、出身地などを質問しても全て無視されたという。

優れたエンジニアだが、著しく社交的ではないという点で、ナカモト氏とNakamoto氏は共通している。

ナカモト氏の長女によると、同氏は1990年代に2度の解雇を経験し、そして家族と暮らしていた家を失ったことで銀行や政府への不信を募らせていた。Andresen氏もまた、Nakamoto氏が政治的な理由でビットコインを作ったという印象を持っている。キーを持てる銀行や銀行家が富を得られる今日のようなシステムをNakamoto氏は好ましく思わず、もっと公平なシステムを思い描いていたという。開発の動機という点でも、ナカモト氏とNakamoto氏は共通している。

Goodman氏は、ナカモト氏の家族やビットコインに関わっている開発者へのインタビューからナカモト氏がNakamoto氏であるという確信を得たが、「Satoshi Nakamotoと向かい合って、きちんと話す必要があった」と述べている。ただし、レポートが公開された後もナカモト氏がSatoshi Nakamotoであることに疑問符を付ける向きは多い。

Andresen氏は開発者の立場から、ビットコインのシステム構築にいかに投資していくかが重要であり、すでに関与していないSatoshi Nakamotoの正体を暴くことに意味はないと指摘している。またTwitterを通じて、「Newsweekがナカモト氏の家族のことまで書いていたのには失望したし、Leah (Goodman氏)と話したことを後悔している」と述べている。