大阪大学(阪大)は3月3日、電気信号(膜電位)を利用してヒトの体が病原菌を退治する際に水素イオンの流れを制御する電位センサ型水素イオンチャネルの形を原子レベルで解明し、必要な時だけうまく水素イオンを通す仕組みを明らかにしたと発表した。
成果は、阪大 蛋白質研究所の竹下浩平招へい研究員、同・中川敦史教授、同・大学院医学系研究科の岡村康司教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月2日付けで「Nature Structure & Molecular Biology」に掲載された。
水素イオンはpHの実体であり生体環境を維持する働きを担っている。「電位センサ型水素イオンチャネル(プロトンチャネル)」は2006年に岡村教授らによって発見された水素イオン専用の通り道となるタンパク質だ。この分子は細胞膜の中に水素イオンの通り道を作るが、常に開いているわけではなく、内蔵されたセンサが電気信号を感知した時のみ開く。このタンパク質は電位センサとして、細胞内外の電位の変化を感知するが、電位を感じるということは神経伝達や心臓の拍動などでも使われる、生体内で最も重要な機構の1つだ。しかし、この水素イオンチャネルが必要な時以外はどうやって最も小さなイオンである水素イオンを漏らさないのか、また細胞内外の電位差の変化を感知するセンサがどこにあるのかといったことはわかっていなかった。
そこで研究チームは今回、水素イオンチャネルの原子構造を理化学研究所が所有し高輝度光科学研究センターが運用する兵庫県播磨の大型放射光施設「SPring-8」に設置されたタンパク質研究所専用のビームライン「BL44XU」を使用し解析を実施。その結果、亜鉛イオンが留め金となって和傘が閉じるようにして水素イオンの通り道を閉じていることを解明したのである。
さらに、センサは和傘の軸にあたる部分にあり上下にスライドすることで水素イオンの通り道を開けたり閉めたりすることもわかった。これによって水素イオンを通す一方で、必要時以外は最小のイオンを絶対に漏らさない機構が存在することを明らかにしたのである。
脳や精巣の局所では亜鉛イオン濃度が高く、神経系細胞や精子の水素イオンチャネルは亜鉛イオンが留め金となって通路がふさがっているが、神経活動の変化や、射精などによって細胞周囲の亜鉛濃度が変わると、留め金がはずれ局所のpHが変化し、精子の運動性などが引き起こされると考えられるという。今回、水素チャネルの構造が解明されたことで、このような生命現象の新たな仕組みが明らかになると期待されるとしている。
また同タンパク質は、ヒトの体内で働くイオン透過型タンパク質(イオンチャネル)の内で最も小さな分子の1つだ。コンパクトながら多彩な機能を操るこの分子を詳しく研究することで、さまざまな創薬のターゲットとなる膜タンパク質の動作原理を詳しく解明できるという。このことから、創薬研究から分子デバイスへの応用まで、大きな波及効果の可能性があるとした。
さらに、イオンチャネルは心疾患、神経疾患、糖尿病など、種々の疾患に関連したタンパク質であり、その「形」と「働き」を原子レベルで解析した今回の研究の結果は、生命活動に重要な電気信号がどのように働いているかを理解する上で重要な成果だという。また、今回の成果は、降圧剤、抗不整脈薬、麻酔薬など多くの薬のターゲットである電位センサを持ったイオンチャネルに共通する原理の究明につながる可能性があることから、今後、神経系や免疫関連疾患に関する治療薬の開発への道を開くことが期待されるとした。