東京工業大学(東工大)は2月27日、半導体中を秒速8万mで流れる電子を直接観察し、動画撮影することに成功したと発表した。

同成果は、同大大学院 理工学研究科の福本恵紀産学官連携研究員、恩田健流動研究員、腰原伸也教授らによるもの。詳細は、「Applied Physics Letters」オンライン版に掲載された。

半導体材料を利用しているデバイスの動作性能は、半導体中を動き回る電荷キャリア(電子と正孔)の動きやすさに依存している。半導体素子は微小化、高速化し続けているが、その特性を、直接素子内部を動く電流、特に電子を観測することにより、評価する手法は存在しなかった。そこで、研究グループでは、ガリウムヒ素半導体中の20nmスケールの空間領域を移動するキャリアの流れを200fs間隔で可視化できる時間分解光電子顕微鏡を開発した。

高速動作する半導体デバイス内での電子の流れ(電流)を検出するには、100fs程度の極短時間幅のパルス電流を生成、注入して、とらえる必要がある。今回の研究では、約100fs幅のレーザパルスを半導体に照射して、光キャリアを生成した。これを図1(a)のように、半導体表面に蒸着した2枚の金属電極間に電圧を印加することで動かした。その動く様子を別のレーザパルス(検出光)を半導体試料に照射し、励起電子の密度に由来する光電子放出強度を光電子顕微鏡で撮影した。励起光と検出光の時間的タイミングを変化させていくことで(ポンプ-プローブ法)、電子の移動過程が動画としてストロボ撮影できる。

図1(b)と(c)は、励起光照射から20psと40ps後の光電子顕微鏡像。図中央の楕円形の白く明るいコントラストが励起された電子の分布を表す。図の上下の特に明るい部分は、電子を動かすための電圧を加える2つの電極である。さらに、図1(d)と(e)では、励起電子の移動を確認するため、図1(b)と(c)の中央付近を拡大した。図1(f)は、図の縦方向の強度分布となっている。ガウス関数でのフィッティングからも分かるように、緑のプロットが赤のプロットより下方にシフトしている。これが電子の移動を表し、20psの間に約2μm、秒速約10mで移動している。

図2(a)は、このような電子分布画像を1ps間隔で50psまで撮影し、それぞれの図から電子の位置を求めて、時間とともにその位置が変化する様子を示している。縦軸が電子の位置で横軸が時間。得られたグラフの傾きが電子の移動速度を表し、1秒間に7万4000m移動している。電子を運動させるための電圧を下げると電子の移動速度も遅くなる。図2(d)は、電場勾配(電圧÷電極間距離)を変化させた場合の電子の移動速度の変化。この図の直線の傾きが移動度を表す。

図1 時間分解光電子顕微鏡による電子移動の動画撮影。(a)測定手法の概略。(b)と(c)励起光照射後20psおよび40ps後の光電子顕微鏡像。(d)と(e)は(b)と(c)の中央付近の拡大図。(f)は(d)と(e)の縦方向の強度プロファイルにより、電子の移動が確認できる

図2 (a)、(b)、(c)は、異なる電極間の電場勾配(電圧値÷電極間隔)において、電子の移動距離を時間に対してプロットしたもの。線形フィットによる傾きから電子の移動速度を算出している。(d)は、電子の移動速度を電場勾配に対してプロットしたもの

図3は、半導体中を流れる電流(電子)の動画をスナップショットとして再現したもの。レーザパルス(励起光:緑の矢印)を半導体表面に照射し、励起電子を生成。左右の電極に電圧を印加することにより、電子を電流として流す。電子が流れている過程を、励起光入射から1、10、20、30、40、50psの画像を(図3(c~h)に表示した。図3(e)のスポットライトのように検出光を照射し、光電効果により試料表面から放出された光電子で結像する。この光電子放出量の空間的な分布が、励起電子の密度分布に対応しており、顕微鏡のスクリーンに映し出される。

検出光入射のタイミングを変化させていくことで、電子の運動をストロボ撮影し、動画として得ることができる。この測定で、電子の塊が、50psの間に4μm移動したことを直接顕微鏡で観察した。つまり、秒速8万mで運動する電子をストロボ撮影で捉えていることが分かったという。

図3 今回の研究で得られた結果をスナップショットとして再現

今回の研究において、電気抵抗率の高い半導体中のキャリア移動を観察することができた。半導体中での電子の動きの直接観測への要請は強かったにもかかわらず、これまで達成されなかった理由は、レーザパルス照射により瞬間的に試料の電子が欠乏し、帯電を起こしてしまうためだった。これにより、電子顕微鏡や光電子顕微鏡で結像できなくなってしまっていた。今回、近年開発された繰り返し周波数が広い領域で可変なレーザパルス光源と、光電子顕微鏡を組み合わせ、試料の帯電効果を劇的に減らすことに成功し、観測することができた。

今後、ナノメートル加工をされた素子の実用化が間もなく達成される。そこでは量子サイズ効果の発現もあり、ピコ秒レベルで電子や正孔の移動を制御する必要がある。今回開発した装置は、これらを評価する基準を満たしており、幅広く普及することが期待されるとコメントしている。