東京工業大学(東工大)は2月24日、米・メイヨー医科大学との共同研究により、濃度勾配に逆らって淡水中のわずかなナトリウムイオン(Na+)を体内に取り込むために淡水魚のえらで働く「ナトリウムイオン/アンモニウムイオン(NH4+)交換輸送体」の実体を特定し、その活性を明らかにしたと発表した。

成果は、東工大大学院 生命理工学研究科 生体システム専攻 博士課程の伊藤雄介氏(当時)、同・加藤明助教、同・広瀬茂久教授(現・特命教授)、メイヨー医科大の平田拓助教授(Assistant Professor)、同・Michael F. Romero(マイケル・F・ロメロ)教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月8日付けで「American Journal of Physiology - Regulatory, Integrative and Comparative Physiology」に掲載された。

ナトリウムイオンは体液(血液など細胞外液)の主要な陽イオンであり、ヒトや硬骨魚類の血漿には海水の1/3程度の量である140~170mMほどが存在している。淡水魚はナトリウムイオン濃度が1mMに満たない淡水で棲息するため、実は常に体液イオン濃度の低下の危機にさらされている状態だ。そんな状況に対して淡水魚は、えらを介して淡水中のわずかな塩分を吸収し、イオンバランスを維持することができる仕組みを持っている。

これらの現象を約70年前に見出し、淡水中のナトリウムイオンの吸収は体内のアンモニウムイオンの排出という交換輸送で吸収されるという仮説を提唱したのが、デンマークの生理学者August Krogh(アウグスト・クローグ)だ。しかし、その後は現在に至るまで、ナトリウムイオン/アンモニウムイオン交換輸送を担う分子実体は特定されていなかった。

淡水魚はえらでどのようにナトリウムイオンの吸収を行っているのかというと、えらの表面に散在する「塩類細胞」を利用している(画像1)。塩類細胞は腎臓で塩分を調節する「尿細管細胞」と似た性質を有し、淡水ではイオン吸収を、海水ではイオン排出を担う。もちろん呼吸(ガス交換)を担当しているのもえらであり、ガスは主にえら表面の大部分を覆う「呼吸上皮細胞」を介して輸送される仕組みだ。なお、えらが未発達な稚魚では、塩類細胞は体表(皮膚上)に散在しているという具合だ。

東工大、東京大学、国立循環器病センター、米・ケース・ウェスタン・リザーブ大学の国際共同研究チームは2003年に、酸性湖である青森県・恐山湖(宇曽利湖)に棲息する「ウグイ」の解析から、塩類細胞の細胞膜であり、環境水と接する「頂端膜」に「ナトリウムイオン/水素イオン交換輸送体(NHE3:Na+/H+ exchanger3)」というタンパク質が局在することを見出した。この交換輸送体は、1分子のナトリウムイオンを細胞内に取り込むと同時に1分子の水素イオンを細胞外に排出する交換輸送活性を有し、細胞内外のイオン濃度によってはその逆の輸送も行うという機能を持つ。

その後、さまざまな研究チームにより、ゼブラフィッシュ、ティラピア、メダカ、ニジマスなどの「淡水産硬骨魚」(リン酸カルシウムからなる硬い骨を持つ淡水魚)および「淡水産軟骨魚」(全身の骨格が軟骨で構成されている淡水魚)の塩類細胞にもNHE3が局在することが報告され、NHE3は淡水に含まれるナトリウムイオンを体内に取り込む経路と考えられるようになった。

しかしNHE3がナトリウムイオン濃度の低い淡水からナトリウムイオン濃度の高い細胞内に濃度勾配に逆らってナトリウムイオンを輸送することは難しく、むしろナトリウムイオンを漏洩してしまうのではないかという疑問もあり、NHE3が本当に淡水中のナトリウムイオンを吸収できるのか、どのような駆動力によりナトリウムイオンが取り込まれているのか、専門家の間で意見が分かれていたのである。

研究チームは、アフリカツメガエル卵母細胞は細胞膜のイオン・アンモニア透過活性が低いため、外来遺伝子の効果を検出しやすい利点があることから、同卵母細胞にゼブラフィッシュのNHE3を発現させ、その細胞内水素イオン、ナトリウムイオン、アンモニウムイオン濃度を「イオン選択性電極法」により解析を実施した。イオン選択性電極法とは、特定のイオンに応答する微小電極を卵母細胞に刺入し、細胞内イオン濃度(イオン活性)を測定する方法である。

通常の卵母細胞は培地のナトリウムイオン濃度を変化させても、細胞内のナトリウムイオンや水素イオンはごくわずかしか変化しない。ところが、NHE3を発現させた卵母細胞では培地のナトリウムイオン濃度の変化に伴い、細胞内ナトリウムイオン、水素イオン濃度が大きく変化。このことから、NHE3はナトリウムイオンと水素イオンの交換輸送体として機能することが確認されたのである。

ナトリウムイオンをわずか(0.5mM)しか含まない培地の中で細胞内を酸性化させるガス(CO2)や試薬(酪酸)を働かせると、NHE3を発現させた卵母細胞では細胞内pHの低下に伴いナトリウムイオンの流入が観察された。またアンモニウムイオン添加培地を用いた実験により、NHE3がナトリウムイオンとアンモニウムイオンの交換輸送体として機能することも明らかとなったのである。

排泄物として体内で生じたアンモニウムイオンやCO2はえらにおいて脂質膜やガスチャネルを介して排出されると考えられるが、同時にナトリウムイオンと塩素イオンを取り込むための駆動力にもなる。アンモニウムイオンは「体液側細胞膜(basolateral膜)」の膜貫通タンパク質の「カリウム(K+)チャネル」(カリウムイオンを通過させるイオンチャネル)や「Na+/K+-ATPアーゼ」(ナトリウムポンプ、ナトリウム-カリウムポンプなどとも呼ばれる)からも取り込まれる。

画像は、淡水産硬骨魚における、アンモニウムイオンとCO2の排出がナトリウムイオンと塩素イオン(Cl-)吸収に変換される仕組みを表した模式図。赤字が今回の研究で活性が明らかになった経路で、それ以外はほかの報告によるものだ。図中の略語は、NHEがNHE3、AE(anion exchanger)が「陰イオン交換体」、NKAは「Na+/K+-ATPアーゼ」(膜貫通タンパク質の1種で、ナトリウムポンプ、ナトリウム-カリウムポンプなどとも呼ばれる)、HCO3-が「炭酸水素イオン」。

淡水産硬骨魚における栄養と排泄物の交換を表した模式図

今回の成果により、NHE3がナトリウムイオンと水素イオンの交換輸送体であると同時に、ナトリウムイオンとアンモニウムイオンの交換輸送体としても機能することが示された形だ。さらに淡水魚が排泄物排出(NH4+、CO2)と交換に栄養素(Na+)を吸収する経路も明らかになった。今後は魚類の淡水適応機構のさらなる解明も期待されるという。

また、ヒトでは何らかの原因で体液が酸性化した時(アシドーシス)、体液pHを上げるために腎臓の細胞がアンモニウムイオンを産生・排出することが知られている。この時のアンモニウムイオン排出にはNHE3が関わると考えられて来たが、ヒトNHE3のアンモニウムイオン輸送活性は測定されていない。今後、ヒト腎臓のアンモニウムイオン排出機構のさらなる解明も期待されるとしている。