東北大学は2月24日、村田製作所、情報通信研究機構(NICT)、および千葉大学と共同で、デジタルTV放送の空き周波数帯域(TVホワイトスペース)を選んで無線通信するための1チップ可変表面弾性波(Surface Acoustic Wave:SAW)フィルタを開発したと発表した。
同成果は、東北大 工学研究科の田中秀治教授らによるもの。
スマートフォンやモバイルWi-Fiルータが普及し、無線通信トラフィックは年率2倍程度で増えている。今後、動画視聴の増加、多様なアプリケーションソフトウェアの利用、さらにはクラウドコンピューティングの拡大、センサネットワークの普及などによって、無線通信トラフィックはさらに増えると予想されている。一方、移動体通信に適したおよそ200MHz~6GHzの周波数範囲で、移動体通信に新たな周波数帯域を割り当てることは難しい状況にあるという。
このような問題を解決するために、世界中でTVホワイトスペースの利用が検討されている。国内では、デジタルTV放送は470~710MHzの周波数範囲を利用し、帯域幅6MHzのチャネルが40チャネル、割り当てられている。しかし、仙台地域を例に挙げると、そのうちの6チャネルが使われているに過ぎない。それ以外の使用されていない周波数帯域、つまりTVホワイトスペースを他の通信システムで利用することができれば、限られた周波数資源をより効率的に使用できる。そのため、TVホワイトスペースを利用する様々な通信システムの国際標準化が進められており、例えばWi-FiシステムでTVホワイトスペースを利用するために、IEEE 801.11afの仕様策定が進められている。また、TVホワイトスペースを他の通信システムで利用するにあたって、TV放送を保護するための運用ルールの策定が各国で進んでいる。
TVホワイトスペースの利用では、地域や時間帯によって空いている周波数帯域が異なるため、状況に応じて利用する周波数帯域を選択しなくてはならない。従来、携帯型無線情報端末の周波数選択には、SAWフィルタや薄膜バルク弾性波共振子(Film Blu-rayulk Acoustic Resonator:FBAR)フィルタが使われてきた。これらのバンドパス特性は固定だが、既存の通信システムでは、限られた数の割り当てられた周波数帯域を選択すれば良いため、それぞれに対応するフィルタが搭載されていた。しかし、TVホワイトスペースを利用する通信システムでは、状況によって使用できるチャネルが異なるため、チャネル数分の送受信フィルタとそれらを切り替えるためのスイッチを準備する必要があり、システムの小型化と低コスト化は難しいと考えられてきた。
今回、研究グループは、SAWフィルタ上に薄膜可変容量をモノリシックに集積化し、バンドパス特性を変化させられるSAWフィルタ(可変SAWフィルタ)の1チップ化に成功した。薄膜可変容量は、電界によって誘電率が変化するチタン酸バリウムストロンチウム(Barium Strontium Titanate:BST)でできており、10個のSAW共振子それぞれに直列または並列に接続されている。薄膜可変容量の静電容量を変化させると、SAWフィルタのバンドパス特性が変化する。回路設計は千葉大学 工学部電気電子工学科の橋本研也教授が担当した。
同可変フィルタの実現にあたっては、まず、良好な誘電率可変特性を実現するために、BST薄膜を600℃程度の高温で形成しなくてはならない。一方、SAWフィルタを形成するタンタル酸リチウム(LT)基板は熱に弱く、高温にさらすと特性が劣化する。このため、BST薄膜可変容量とLT上SAWフィルタをモノリシックに集積化することが困難だった。そこで、BST薄膜をサファイア基板に高温で形成し、可変容量の形にパターニングした後、SAW共振子を形成したLT基板に転写し、さらにSAW共振子とBST薄膜を薄膜配線で繋ぎ、可変SAWフィルタを構成した。
さらに、BST薄膜をサファイア基板からLT基板に転写するため、レーザ支援剥離技術を開発した。BST薄膜にサファイア基板側からレーザを照射し、下地である白金薄膜との間の密着力を弱めることで、サファイア基板とLT基板をBST/白金/金薄膜を介して接合し、分離すると、BST薄膜がLT基板に移るという。
こうして試作したワンチップ可変SAWフィルタを、NICT ワイヤレスネットワーク研究所 スマートワイヤレス研究室が開発したIEEE 802.11af暫定仕様に準拠したコグニティブ無線機に搭載して、通信デモンストレーションに成功した。今回開発した技術は、TVホワイトスペースを利用する通信システムの小型化に寄与でき、携帯型無線通信端末への応用が期待されるとコメントしている。