北海道大学(北大)は2月21日、「髄洞」・「皮質洞」の近傍に、細胞膜貫通型タンパク質「α9インテグリン」に対する結合分子の1つで、細胞外マトリックスタンパク質の1つである「テネーシンC」が存在しており、これらの相互作用を抗体阻害することによって「CD4T細胞」の細胞移出が抑制され、炎症細胞が標的器官に到達できず、所属リンパ節に留まることを明らかにしたと発表した。

成果は、北大 遺伝子病制御研究所の伊藤甲雄 特任助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月11日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

リンパ球は絶えず全身を循環することにより、体内に侵入してきた抗原を迅速に認識・排除する仕組みだ。リンパ系はこれらリンパ球の導管として働くことで全身の免疫監視機構を担う。「多発性硬化症」などの自己免疫疾患は、所属リンパ節内でT細胞が抗原を認識することによって活性化し、標的組織に到達することで病気を引き起こすと考えられている。

そのリンパ系の重要な器官であるリンパ節の出口に存在するのが「髄洞・皮質洞リンパ管内皮細胞」だ。そしてそこに発現するのがα9インテグリンである。インテグリンは、これまでに18種類のα鎖と8種類のβ鎖が同定されており、アミノ酸配列の相同性や、結合分子の類似性からいくつかの亜群に分類されるのが特徴だ。α9インテグリンはα4インテグリンと共に独立したサブファミリーに分類されている。

そしてこのα9インテグリンの遺伝子を欠損したマウスはリンパ管の弁に機能異常が生じて、出生後早期に死亡してしまう。そのことから、α9インテグリンのリンパ管の機能におけるの重要性が推測されていた。しかし、成体における機能は十分にわかっていないのが現状だ。そこで伊藤特任助教らは今回、α9インテグリンの機能解析を実施することにしたというわけだ。

伊藤特任助教らは生体内での機能解析のため、まずマウスのα9インテグリンに対する阻害抗体を樹立。炎症における機能解析のため、「完全フロイントアジュバント」により炎症を誘導したマウスに抗α9インテグリン抗体を投与し、リンパ節の組織学的な解析が行われた。また、リンパ管内皮細胞の詳細な機能解析のためにマウス胎児からリンパ管内皮細胞を単離して、テネーシンCによる刺激を行い、その後の応答が解析されたのである。

インテグリンは分子との結合によって機能を示すことから、初めにリンパ節内でのα9インテグリンとその結合分子の局在が解析された。その結果、α9インテグリンを発現するリンパ管内皮細胞の近傍にはテネーシンCが存在していることが判明したのである。

この結果は、リンパ節内でα9インテグリンとテネーシンCが結合することで、リンパ管内皮細胞の機能調節を行っている可能性を示唆しているという。続いて、この相互作用を阻害するために抗α9インテグリン抗体が投与されると、リンパ節の髄洞・皮質洞が空洞化することが見出されたのである(画像1・2)。

対照抗体、あるいは抗α9インテグリン抗体を投与したマウスに完全フロイントアジュバントを投与して、6日目にリンパ節の免疫組織化学像。画像1(左)の対照抗体は、髄洞・皮質洞(赤および黄の染色)を通過してリンパ球(青の染色)はリンパ節外に移出する。一方で、画像2(右)の抗インテグリンα9抗体が投与されたリンパ節では、細胞移出が阻害されるため、空洞化(下向き矢印)が見られる

この現象はリンパ球がリンパ節外に出て行く(=「移出」)を阻害した時に特徴的に見られる現象であることから、抗α9インテグリン抗体は細胞移出を阻害する効果があると考えられるという。さらに、単離したリンパ管内皮細胞を用いた解析からα9インテグリンに対する結合分子、テネーシンCで刺激することによってリンパ球移出に重要な因子である「スフィンゴシン1リン酸(S1P)」の分泌が誘導されることも明らかとなった。

S1Pは、細胞膜の「スフィンゴミエリン」から合成され、多くの細胞では分解酵素の活性が高く、細胞外に分泌されないが、血小板や赤血球、リンパ管内皮細胞など一部の細胞は細胞外に分泌可能だ。これにより、血中やリンパ液中ではS1Pの濃度が高く、リンパ器官では低くなり、この濃度勾配によってT細胞などのリンパ球はリンパ器官から移出し、全身を循環することができるのである。

また、この細胞移出の阻害が炎症性疾患に対して治療効果を持つのかどうかを検討するため、多発性硬化症の実験モデルである「実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)」に対して、予防的な抗α9インテグリン抗体の投与が行われた。その結果、抗体投与によって、EAE症状が軽減されることがわかったのである。

リンパ節におけるT細胞の抗原認識・活性化後の細胞移出は、さまざまな炎症性疾患に共通した重要な現象であることから、α9インテグリンの阻害は炎症性疾患の治療標的として有用であることが期待されるという。さらに今回の研究では、α9インテグリンの阻害は所属リンパ節からの細胞移出を阻害するが、非所属リンパ節からの細胞移出には影響しない、という結果が得られている。この結果は全身のリンパ球循環すなわち免疫監視を保ちながら、抗原認識した炎症細胞の標的器官への到達を妨げるといった副作用の少ない新しい炎症疾患の治療法として期待されるとした(画像3・4)。

所属リンパ節リンパ管内皮細胞はα9インテグリン-テネーシンCの相互作用を介してスフィンゴシン1リン酸(S1P)を分泌し、リンパ球の移出に寄与する。通常のリンパ節(画像3:左)は、炎症によってリンパ節のリンパ管内皮細胞α9インテグリンが活性化し、テネーシンCとの結合性が増加する。これによってS1Pの分泌が増加し、リンパ球がリンパ節外に移出する。画像4(右):抗α9インテグリン抗体はこの相互作用を阻害することによりS1Pの分泌を抑制し、細胞移出を低下させる。一方、正常なリンパ節ではインテグリンが非活性型であるためにテネーシンCとの親和性が低く、抗α9インテグリン抗体による効果は認められなかった

今回の成果により、α9インテグリンを標的としてリンパ球の動態を調節することは、炎症性疾患の新規治療法に繋がる可能性を示しているとしている。