物質・材料研究機構(NIMS)は2月18日、血中の低分子尿毒素の1つである「クレアチニン」を選択的に除去できる高性能ナノファイバーメッシュを開発することに成功したと発表した。
成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 生体機能材料ユニットの荏原充宏 MANA研究者、同・滑川亘希 博士研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月19日付けで「Chemistry World」に掲載された。
腎臓は生命維持に欠かせない臓器の1つだ。腎臓は1日に150リットルもの血液をろ過し、老廃物や毒素を尿として体外に排出することで、体を正常な状態に保つ。もし腎機能が低下してしまうと、体中に老廃物や毒素、水分などがたまり「尿毒症」といわれる中毒症状を起こしてしまう。
尿毒症は、皮膚や神経、循環器、消化器などにさまざまな悪影響を及ぼし、命にも関わる危険な症状だ。現在、わが国では慢性腎不全患者は30万人を超えており、そのほとんどの患者が血液透析(血液を体外循環させフィルターを介して老廃物除去と電解質・水分の調節を行う)を始めとする血液浄化法により延命・社会復帰しているのが現状である。
しかし現在の血液浄化法は、インフラが整備された医療用設備が必要なことから、ライフラインの寸断によって大きな事態を招いてしまう。例えば、2011年3月の東日本大震災においても、岩手、宮城、福島の3県に居住している約1万2000人の透析患者は、震災後の倒壊や浸水、電力の遮断によって透析治療の実施が困難となった。さらに原発事故により、近隣に住む透析患者は"透析難民"となり、東京都や千葉県、新潟県などへの集団疎開を余儀なくされたのである。
こうした大きな問題があったことから、水および電気を用いなくても透析患者が速やかに尿毒症の応急処置が可能なシステムの開発が急務であることは間違いない。そこで今回、震災などで電気や水などのライフラインが寸断された緊急時でも利用可能な携帯型透析代替システムを目指して、尿毒素の1つである「クレアチニン吸着ナノファイバーメッシュ」が新たに開発されたというわけだ(画像1)。なおクレアチニンは、アミノ酸の1種である「クレアチン」が代謝を経て排出される老廃物の1つで、通常は腎臓からほぼ100%排出される。代表的な尿毒素で、血清クレアチニン値は腎不全の診断に用いられる。
画像1の上図は、腕時計型の尿毒素除去システムのイメージ図だ。腕時計には「ゼオライト」を含有した「エチレンビニルアルコール(EVOH)」からなるナノファイバーが装着されており(画像1下図)、尿毒素を吸着する仕組みになっている。ゼオライトは結晶中に大きな空隙の存在するアミノケイ酸塩の鉱物で、吸着材料や触媒として工業的に用いられている物質だ。
今回の携帯型透析代替システムのために、生体適合性に優れた高分子の1つであるEVOHを「電解紡糸法」(高分子溶液をノズルから極細化して電極に向けて噴出させ、電極上で捕集することにより紡糸する技術)によってファイバー状に加工し、不織布が作製された。ファイバー内にはゼオライトの粒子が混合させられている。電解紡糸の条件をうまく制御することによって、90%以上のゼオライトをファイバー内に内包させることに成功したという。
得られたファイバー1本の直径は数100nmであるのに対し、ゼオライト粒子は10倍以上の大きさを有するが、ファイバーがゼオライト粒子を内包している様子を確認することが可能だ(画像2・3)。この不織布をフィルター型のカートリッジ内にセットし、腕時計型のバンドに取り付けられるようになっている。
この不織布の尿毒素吸着能を評価するため、クレアチニンを用いて吸着試験が行われた。今回、さまざまな細孔のサイズおよび物性を有するゼオライトが試されたが、クレアチニンの大きさ(0.71nm×0.80nm×0.30nm)と類似の細孔サイズを有するベータ型ゼオライトが最も高いクレアチニン吸着性を示したという。
例えば、このゼオライトを30wt%(wt%:質量(重量)パーセント濃度)含有したファイバーでは、190μmol/Lのクレアチニン溶液にファイバーを12時間浸漬させ、その吸着量が測定された
ファイバー1g当たり約20μmol/gのクレアチニンを除去することに成功した(画像4)。通常、人は1日約150μmol/kgのクレアチニンを産生するため、作製したナノファイバーの吸着特性はまだ低い。しかし、ファイバーを定期的に取り換えたり、ファイバーの表面積やゼオライトの最適化などが行われたりすることで実用レベルへの機能向上が期待できるという。
現在、日本には30万人以上の慢性腎不全患者がいることは前述した通りだが、日本腎臓学会による統計では、日本の成人の8人に1人に当たる、1330万人が予備軍とされている。この"国民病"とでもいうべき患者数の多さに、厚生労働省をはじめとした公的な機関も積極的な対策に乗りだしている。
また近年になり、腎臓病は心筋梗塞や脳梗塞などのリスクを劇的に高めることもわかってきた。今回は特に災害時医療の観点から研究が進められたが、例えば発展途上国などのインフラが未整備な地域も問題が大きい。年間12%の割合で透析患者が増えているにも関わらず、インフラが未整備な地域に住むほとんどの患者はいまだ治療が受けられない状態だ。
今回、尿毒素の1つであるクレアチニンをターゲットにした実験が行われたが、今後は、ほかの尿毒素や過剰水分の除去も含め、尿毒素を総合的に除去できる新規デバイスを開発し、インフラが未整備な地域での実用化を進める予定としている。