産業技術総合研究所(産総研)は2月18日、流路に密度の異なる微粒子の混合物を流すと、その密度差により簡便に分別できるマイクロ流体デバイスを開発したと発表した。

同成果は、同所 生産計測技術研究センター 生化学分析ソリューションチームの宮崎真佐也研究チーム長、杉山大輔特別研究員(現キューメイ研究所)らによるもの。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 九州沖縄農業センターの高橋昌志上席研究員(現北海道大学 大学院 農学研究院)、佐賀大学 大学院農学研究科の山中賢一准教授らと共同で行われた。詳細は、英国Royal Society of Chemistryの学術誌「Analytical Methods」に掲載された。

図1 今回開発したマイクロ流体デバイス内での微粒子の密度差による分離の概念図

密度の異なる粒子を分別するには遠心分離などの方法がよく用いられているが、生体分子、コロイド、高分子などのソフトマテリアルや細胞などは、大きな力が加わると変形や破壊などが起こる。特に、色々な細胞を分別する場合、一部の細胞が損傷して細胞内物質が漏出し、損傷を受けていない細胞にも悪影響を与えることがある。このような細胞や粒子を分別するには、取り扱いのたやすさや分別時間の短さからマイクロ流体デバイスが用いられる。しかし、これまでの粒子分別用のマイクロ流体デバイスは超音波や遠心力などの外部からの刺激を加えて分別するものが多く、低刺激で分別できる流体デバイス技術が求められている。また、実際の現場で使用するには低コスト化も必要で、単純な流路構造も望まれている。

産総研では、マイクロ流体デバイスを用いて、マイクロ空間の特徴を活用した有用化合物の合成、タンパク質の結晶化、プロテオミクス、臨床検査技術の開発を行ってきた。また、九州地区で盛んな畜産分野において、優良子牛の生産効率化のための高品質卵子、体外受精卵の簡便な選別技術の開発のニーズに対応するため、農研機構、佐賀大と共同で細胞の密度の差による簡便な分離技術の開発に関する共同研究を進めてきた。

今回開発したマイクロ流体デバイスは、観察のたやすさと、将来的な細胞分別への応用も考え、デバイスの素材には細胞接着を抑制するPDMSを用いた。流路は同じ形状の溝を持つ2つのパーツを溝同士が向かい合うように重ね合わせて、直線部分では上下の流路が重なるようにした。微粒子の混合物は上下の流路の合流点で、流路の中央部から導入される。図2の赤丸で示す分岐点で上下に流路が分かれ、それぞれの出口で微粒子が回収される。なお、送液はシリンジポンプにより行う。

図2 開発したマイクロ流体デバイスとその模式図

モデル粒子としてポリスチレンの粒子を用い、液体には密度を調整したショ糖溶液を用いて、開発したマイクロ流体デバイスを評価した。図3のように、黒色の軽い粒子は流路の出口に向かうにつれて上方向に移動し、透明な重い粒子は流路の出口に向かうにつれて下方向に移動し、液体よりも密度が低い粒子と高い粒子を分別することができた。また、流路内での滞留時間が長いほど、より高い確率で粒子が分別できた。一般に分別する微粒子の密度差が小さいと、分別する微粒子間の距離を離すために、より強い遠心力かより長い分別時間が必要となる。しかし、今回開発したマイクロ流体デバイスでは、微粒子の鉛直方向への短い移動で分別できるため、短時間で、遠心力など外部から大きな力を加えずに分別できた。

遠心分離などでは、分離後の微粒子の回収時に他の密度の粒子の混入を防ぐための操作が煩雑だが、今回のデバイスでは分離後、微粒子回収容器には目的の粒子だけが入るため、回収操作が容易である。また、短時間で回収できるため、分別する微粒子へのストレスが少なく、細胞などの分別に適している。さらに、微粒子の大きさや密度差によって流路デザインを最適化すれば、密度差の小さい微粒子も分別できると考えられる。そして、今回のマイクロ流体デバイスの流路構造は単純であるため、低コストでの生産が可能と期待されるとしている。

図3 マイクロ流体デバイス内での分別の様子

今後、同技術を卵子や体外受精卵など、細胞の分別に応用していく。例えば、医療現場での診断の際の血液サンプルの前処理技術や、畜産業での優良子牛生産の効率化のための高品質卵子、体外受精卵の簡便な選別技術などへの応用である。まず、高品質牛肉の生産規模増大に寄与するため、畜産業の現場での実証試験に着手し3年以内の実用化を目指すとコメントしている。