図1. マウスの海馬

日常生活でささいな環境の変化に気づくのは意外に重要である。脳の海馬のCA2と呼ばれる小領域がその小さな環境変化を認識する機能を担っていることを、理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市、利根川進センター長)神経回路・行動生理学研究チームがマウスの実験で突き止めた。トーマス・マックヒュー・チームリーダーと、マリー・ウィンツァー・テクニカルスタッフ(TS)、ロマン・ボーリンガーTSおよびデニス・ポリガロフTSらの研究チームによる成果で、2月18日付の米科学雑誌『Journal of Neuroscience(神経科学雑誌)』オンライン版に発表した。

図2. マウスの海馬の全体のイメージング

記憶の中枢とされる海馬はいくつかの小領域が連結して構成されている。そのうち、CA2は隣接するCA1やCA3と比べて、サイズが小さく、あまり注目されていなかった。研究チームは、ある環境に慣れさせたマウスを、全く違う環境と、ほんの少しだけ違う環境に移した際に、活動する海馬の神経細胞を比較して観察した。神経細胞が活動すると発現する遺伝子を蛍光染色する方法で、神経細胞の活動を見えるようにした。いくつかの新しい物を置いて、いつもとわずかに違う環境にマウスを移すと、CA2だけで神経細胞の活動パターンが完全に変わってしまうことを見つけた。

また、CA2の細胞活動を阻害した遺伝子改変マウスは、正常マウスに比べて、新しい環境に移しても、その違いを認識して探索するような行動をしなかった。一連の実験から研究チームは「海馬全体は大きな環境の変化を認識できるが、小さな環境変化を認識する機能はCA2が果たしている。CA2は記憶の形成と更新に重要な役割を持つ」とみている。

ヒトの海馬のCA2の割合はマウスと比べて相対的に大きい。統合失調症や躁うつ病の初期には、抑制性神経細胞がCA2だけで失われていることがこれまで報告されている。今後、研究が進めば、神経疾患とCA2の深い関係が明らかになる可能性があるという。

マックヒュー・チームリーダーは「動物にとって、小さな変化に気づいて記憶が更新されていくことが重要だろう。これまで分かっていなかったCA2を解明していくのに最初の一歩となる成果だ」と話している。