北海道大学(北大)は2月13日、米・ローレンス・バークレー国立研究所との共同研究により、乳がんモデル系を用いて解析を行い、細胞のがん形質獲得において糖代謝亢進とシグナル活性化が互恵的に働いていること、つまり糖代謝が異常に亢進すると細胞のがん化が促進され得ることが示唆されることを明らかにしたと発表した。

成果は、北大大学院 医学研究科 生化学講座分子生物学分の小野寺康仁 助教、同・大学院 医学研究 放射線医学分野の南ジンミン特任助教、ローレンス・バークレー国立研究所のMina J. Bissell博士らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、「The Journal of Cl inical Investigation」に掲載された。

細胞のがん化する過程では複数の遺伝子に変異が起こり、さまざまなシグナル経路が異常に活性化してがん形質が獲得されるが、このような「がんシグナル」は、解糖系を含むさまざまな代謝経路の活性も変化させてしまう。糖の代謝産物はがんの増殖やストレス環境下での生存を支えているため、糖代謝亢進とそのメカニズムはがん治療の新たな標的として注目されている。しかし、糖代謝は脳や筋肉などの正常組織も必要としているため、その阻害による影響が懸念されることも事実だ。

一方、近年の研究から、代謝の変化はそれ自体でがん化の原因にもなり得ることが示唆されている。例として、代謝酵素である「IDH」の変異は、「神経膠腫」などの原因になると考えられているという。そこで研究チームは今回、乳がんモデル系を用いて、糖代謝亢進の意義について再検討を実施したというわけだ。

従来の平面上での細胞培養と比べ、細胞外基質のゲルを用いた3次元培養環境下では、代謝を含むさまざまな性質がよく保持される。しかし、3次元培養は実験期間が長く方法が煩雑であるため、これまでの代謝研究ではほとんど用いられていなかった。これらを考慮し、研究チームではヒト乳腺上皮由来の正常細胞、がん細胞の3次元培養を行い、糖代謝の役割について解析を行ったのである。

3次元環境での糖の取り込み・代謝の測定法が確立され、遺伝子発現の調節や薬剤処理によって糖代謝亢進の誘導・抑制が行われ、細胞の増殖能や3次元構造、シグナル活性への影響が調べられた。得られた結果が乳がん患者の遺伝子発現プロファイルの結果と照合され、妥当性が検証されたのである。

3次元環境下でがん細胞の糖の取り込み・代謝を阻害すると、増殖の抑制が起こると同時にがんシグナルが強く抑制され、正常細胞が形成する「腺房様」の構造が再構築された(画像1)。一方、正常細胞の糖の取り込みを亢進すると、シグナルが著しく活性化してがん細胞と同様の表現型に変化した。

また、糖代謝によるがんシグナルの活性化において、「ヘキソサミン合成経路」の代謝と解糖系で得られたATP(アデノシン三リン酸)の「cAMP」(シグナル)への変換が関与すること(画像2)、これら代謝経路における律速酵素の発現がいずれも高い乳がんでは、両者が低いものと比べて著しく予後が悪いことが明らかとなった。このような現象は従来の2次元培養系ではほとんど見られなかったことから、糖代謝阻害による細胞への効果は、適切な3次元環境を用いて検証されるべきであることが示唆されたのである。

画像1(左):腺房様構造と腫瘍塊の関係。画像2(右):今回の研究で発見された要素

がん細胞のシグナル活性化に特異的に寄与する糖代謝酵素やその分子間相互作用が明らかになれば、副作用を抑えつつ効率のよい抗がん剤が得られる可能性がある。糖代謝亢進は多くのがんで共通して見られるため、さまざまながんへの適用が期待できる。