国立がん研究センター(国がん)、京都府立医科大学(府立医大)の2者は2月13日、全19施設の多施設共同研究チームにより、薬剤による大腸がん予防につながる臨床試験を実施し、国内ではじめてその有効性を確認したと共同で発表した。

成果は、第3次対がん総合戦略研究事業「がん化学予防剤の開発に関する基礎および臨床研究」(研究代表者:国がん がん予防研究分野の武藤倫弘ユニット長)による研究チーム(事務局:府立医大 分子標的がん予防医学の石川秀樹特任教授)によるもの。研究の詳細な内容は、1月31日付けで国際・消化器病関連ジャーナル誌「GUT」に掲載された。

化学物質でがんを予防するという「化学予防」の研究は、時間や費用がかかるため、民間や大学では取り組みにくい研究分野だ。米国では乳がんの予防薬として「タモキシフェン」と「ラロキシフェン」が承認されているが、海外に比べ日本での研究は進んでいない。また、近年では、最初のがんが完治しても新たながんの発生が認められることも少なくなく、診断や治療の研究開発に加え、がんの化学予防など未病状態からの先制医療の確立がますます重要になっている。

アスピリンは、解熱鎮痛薬や抗血小板薬として長年使用されており、心筋梗塞や脳梗塞を起こした患者に対する再発予防を目的とした低用量アスピリン内服に関しては保険適応があり、広く使用されている。また、ヨーロッパ諸国や米国では、大腸がんの抑制に有効性を示す臨床試験研究結果が出ているが、アジア人におけるエビデンスは乏しいのが現状だ(無作為化比較試験レベルではなかった)。もちろん、日本国内では現時点で大腸がんに対する予防的投与についての保険適応はない。

大腸がん罹患率の比較的高い日本において廉価な既存薬剤の新薬効発見(ドラッグ・リポジショニング)により、その発生を抑制し得る可能性が見出されたことは医療経済への貢献も大きいといえる。

そこで共同研究チームは今回、大腸がんの危険予備群とされる大腸ポリープ(腺腫)を内視鏡的に摘除した患者311名に対して、研究協力への同意を得た上で、低用量アスピリン腸溶解錠(100mg/日)またはプラセボ(偽薬)を2年間投与して、大腸腺腫の再発を抑制できるかを検証する「二重盲検無作為割付臨床試験」を実施した。

低用量アスピリン腸溶解錠(100mg/日)は、医師により抗血小板薬として処方される薬剤で、市販のアスピリン製剤と有効成分または含量が異なる。ドイツ・バイエル社が試験薬剤を提供した(利益相反なし)。また二重盲検無作為割付臨床試験とは、まず二重盲検が、プラセボ効果や観察者バイアスを避けるため薬(治療法)の性質を医師にも患者にも不明にして行う試験のことをいう。そして無作為割付が、目的治療群(今回はアスピリン)と対象群(プラセボ/偽薬)にランダムに割り振ることである。

試験の結果、アスピリン群の方はプラセボ群と比較して大腸ポリープの再発リスクが40%程度減少することが確認された。欧米人で報告されている結果とほぼ同等かそれ以上の効果が示され、アスピリンは日本人の大腸がんの再発も抑制できる可能性があることがわかったというわけだ。

なおアスピリンには消化管出血や脳出血などの重大な副作用を起こす可能性があるが、比較的少数例ではあったが今回の2年間の試験経過中では確認されていない。また、一部のグループについて詳しく解析するサブグループ解析において、ポリープ発生の抑制効果は非喫煙者においてさらに増強することが判明している。国内初の先制医療薬として、日本人がかかりやすい大腸がんの予防にアスピリンを用いることができれば、大腸がんの罹患数と死亡数の減少および医療費の削減に大きく貢献できると考えられるという。

ちなみに、当然ではあるが、現時点では大腸がん予防を目的とした内服は勧められていない。今後、副作用の可能性などを含めて、さらに大規模な試験による検証が必要だとしている。特に、消化性潰瘍のある患者(禁忌)や、ほかの疾患を合併している場合など、重大な副作用をきたす恐れがあるので、自己判断でのアスピリンを含む薬剤を連用することは避けるよう注意が出されている。

さらに、大腸腺腫の増大や大腸がんに対するアスピリンによる発生抑制効果のエビデンスを構築することは、将来的に、遺伝性の疾患である「家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポーシス)」や「リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)」の治療に役立つ「オーファンドラッグ」としての承認につながる成果といえるという。今後は対象を増やした研究を通して、より確実なエビデンス構築を行い、安全で効果のある予防薬の開発を勧めていくとしている。

また、国がん 中央病院 内視鏡科の松田尚久医長は、「過去に欧米で報告されてきた大腸ポリープの再発予防におけるアスピリンの有効性が、今回初めてアジアで無作為比較試験により証明されたこと、またその結果が非喫煙者において強く示されたことは新しい知見で、大腸がんの化学予防法の確立を期待させるものです。今回の結果は、内視鏡的ポリープ摘除後の大腸がんリスクを減少させ得るものだと考えられますが、さらに大規模な検証が必要です。また、この試験は消化管出血などの副作用を抑えるように特殊な剤形を使用していることや、アスピリンの内服だけで大腸がんを完全に予防したり、治療できたりするという結果が得られたものではないので、自己判断での服用は避けてください」とコメントしている。