生理学研究所(NIPS)は2月13日、これまで報告のなかった「カルシウム活性化クロライドチャネル」の発現を「脈絡叢(みゃくらくそう)上皮細胞」において発見し、かつその分子実体が「アノクタミン1」であることを明らかにすると同時に、カルシウム透過性の高い非選択性カチオンチャネル「TRPV4(トリップヴィフォー)」の活性化によって細胞内へ流入したカルシウムによってアノクタミン1が活性化することで「クロライドイオン」の流出が生じ、それに伴う著しい水流出が証明されたと発表した。

成果は、NIPS 岡崎統合バイオサイエンスセンターの高山靖規研究員、同・富永真琴教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月7日付けで「FASEB Journal」電子版誌に掲載された。

あらゆる脊椎動物の脳室内において脳脊髄液は脈絡叢上皮細胞から分泌される。この脈絡叢上皮細胞にTRPV4が強く発現することは、遺伝子クローニングが成功した2000年のころからよく知られていた。しかし、その生理的意義はわかっていなかったのである。

そこで研究チームは今回、脈絡叢上皮細胞に強く発現するTRPV4に着目して研究を実施した。脈絡叢は上皮細胞、軟膜、毛細血管からなる一層構造で、「側脳室」、「第3脳室」、「第4脳室」という3つの脳室中に漂うようにが存在しており、脳脊髄液を分泌している。またその上皮細胞の先端側に多く存在しているのがTRPV4だ。上皮細胞ではトランスポーターやイオンチャネルにより絶えずイオンが血管側から脳室側へと輸送されているため、それに伴う水の移動が起こり、結果として脳脊髄液が脈絡叢から分泌されている(画像1)。

画像1。脈絡叢の構造とTRPV4の局在部位

TRPV4がこの脈絡叢上皮細胞の先端側に局在していることは説明したばかりだが、これは脈絡叢の生理的意義を考える上で非常に不可解なことだという。なぜなら、TRPV4の活性化は細胞外(すなわち脳室側)からのナトリウムとカルシウムの流入を引き起こすため、わざわざ脳室へ輸送した水を再び細胞内へと引き戻してしまうからだ。しかし今回の研究により、その謎めいた事象を明快に説明することに成功したのである。

それは、今まで脈絡叢上皮細胞では機能的発現がないとされてきたアノクタミン1が発見されたためだ。アノクタミン1は細胞内カルシウムによって活性化する。今回の研究において、TRPV4の活性化によって細胞に流入したカルシウムがアノクタミン1を極めて強力に活性化させることが示されたのだ(画像2・3)。

TRPV4活性に伴うアノクタミン1の活性化。TRPV4とアノクタミン1を共発現している細胞において「ホールセルパッチクランプ法」により観察された「クロライド電流」である。共発現細胞では、TRPV4アゴニストによって大きな電流が観察された(画像2:左)。また、この電流は細胞外カルシウムを除去した状態では観察されないことから、TRPV4活性によるカルシウムの細胞内への流入がアノクタミン1を活性化させることが示された(画像3:右)

アノクタミン1が活性化するとクロライドは細胞外へ流出する。細胞膜を隔ててイオンが移動するとイオンと同じ方向に水も移動し、薄い細胞膜は細胞を包むやわらかい袋のようなものなので、細胞から水が流出すると細胞はしぼみ、反対に水が流入すると細胞は膨らむ。そこで、TRPV4とアノクタミン1を発現した細胞の大きさを計測して、TRPV4を活性化した時に起こる細胞収縮を観察することに成功したのである(画像4・5)。

このような結果から、脈絡叢上皮細胞の先端側に局在するTRPV4が活性化すると近接するアノクタミン1が活性化してクロライド流出が起こり、TRPV4と結合することが知られている水チャネルを介して水が脳室へと移動するものと考えられるという。これが今回の研究で提唱された、脳脊髄液の新しい分泌メカニズムというわけだ(画像4・5)。

TRPV4-アノクタミン1相互作用による水輸送と脳脊髄液分泌の新しいモデル。TRPV4とアノクタミン1を発現した細胞においてTRPV4活性化に伴い観察される細胞収縮のモデル図(画像4:左)。脈絡叢上皮細胞においてTRPV4が活性化するとTRPV4-アノクタミン1相互作用によりクロライドが流出し、TRPV4と結合する水チャネルを介して水流出も促進されると考えられる(画像5:右)

脈絡叢の関わる主な疾患は水頭症だ。水頭症は脳脊髄液の異常な産生亢進などにより脳が圧迫される疾患であり、有効な治療としては余分な脳脊髄液を脳室から外科的に取り除く方法しかない。今回、水輸送に重要な新規経路が解明されたことで、水頭症のような脳脊髄液異常をきたす疾患の治療のためにTRPV4-アノクタミン1相互作用を標的とした薬剤の開発が期待されるとしている。