東京大学、埼玉医科大学(埼玉医大)の2者は2月7日、大阪大学、神戸薬科大学との共同研究により、酵素「γグルタミルカルボキシラーゼ(GGCX)」を肝臓のみで欠損するマウスの作製に成功し、そのマウスが出血傾向を示すことを示すと同時に、この遺伝子改変マウスは寿命が短縮するものの、オスよりもメス(妊娠していない)の方が長生きであるという結果も得えられたと共同で発表した。
成果は、東大 医学部附属病院 22世紀医療センター 抗加齢医学講座の井上聡 特任教授、同・病院 老年病科の東浩太郎 特任講師(現・米カリフォルニア大学アーバイン校研究員)、埼玉医大 ゲノム医学研究センター 遺伝子情報制御部門の池田和博講師らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月11日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。
「ビタミンK」は緑黄色野菜や納豆に多く含まれる脂溶性のビタミンだ。ビタミンKの作用不足が出血傾向につながることが古くから知られており、臨床的には新生児の頭蓋内出血の予防に用いられている。また、骨折の予防効果も臨床試験において示されており、日本を含むアジアの国々において骨粗鬆症治療薬として用いられている状況だ。それに加え、近年の国内外の疫学研究により、ビタミンK不足が動脈硬化や認知症、悪性腫瘍の危険性を上げる可能性も報告されてきており、これらの加齢性疾患との関わりが注目されているところである。
ビタミンKは、主として細胞小器官「小胞体膜」に存在する酵素のGGCXと協調して作用し、タンパク質の中の特定のグルタミン酸にカルボキシル基を付加する「Gla化」というタンパク質修飾に関わるメカニズムが確認済みだ。Gla化を受けるタンパク質として、肝臓で合成される血液凝固因子の内第2因子、第7因子、第9因子、第10因子が知られている。これらのタンパク質はGla化により活性化するため、ビタミンK不足によるGGCXの作用低下は、血液凝固因子のGla化不足を招き、出血傾向に至ってしまう。GGCXの作用を受けるタンパク質はそのほかにも多数あり、血液凝固因子を含めて現在までにおよそ19種類が確認済みだ。
一方で、GGCXは肝臓だけでなく全身に広く分布しており、Gla化を受けることが報告されているタンパク質も血液凝固因子以外に10種類以上知られ、それらも肝臓以外の多くの臓器で発現している。このことより、GGCXを介するビタミンKの作用は止血にとどまらず、全身において多様な生理的・病理的現象に関係していることが推測されるという。疫学的にもビタミンKが種々の加齢性疾患との関わりが示唆されていることから、動物モデルによる解析が熱望されている状況である。
しかし、GGCXを全身で欠損するマウスは、激しい出血傾向により胎生期から出生直後にかけて死亡して生存できないため、GGCXの全身における多彩な作用を生体で明らかにすることは非常に困難だった。これまで、ビタミンKの骨粗鬆症やがんといった加齢性疾患への関わりの一端を明らかにしてきた研究チームは、今回、ビタミンKの作用を担うGGCXを肝臓のみで欠損するマウスを作製して実験を行うことにしたのである。
研究チームが用いたのは、特定の遺伝子を欠損するよう操作できる「Cre-loxPシステム」で、それにより肝臓のみでGGCXの発現を欠損するマウスが作製された。Cre-loxPシステムでは、GGCX遺伝子をバクテリオファージ由来の34塩基の配列「loxP」で挟むように遺伝子改変し、その上で遺伝子の組み換え酵素「Cre」を用いることで、loxPで挟まれた配列を欠損させることが可能だ。
よって、まずloxPを用いて肝臓のみでGGCXの発現を欠損するマウスを作製。そのマウスと、肝臓のみでCreを発現するAlb-Creマウスと交配させることで、肝臓のみでGGCXを実際に欠損するマウスの作製に成功したのである。このマウスは、肝臓以外ではGGCXが発現していることが確認されており、特定の臓器だけでGGCX活性を制御できることが示されたというわけだ。
また、このマウスではビタミンKの作用不足、凝固因子の活性低下が確認された。そのほかにもこのマウスでは、正常なマウスに比べ、肝臓におけるビタミンK依存性凝固因子活性の低下を認め、尻尾からの出血時間の著明な延長、皮下出血、妊娠時の性器出血、寿命の短縮が確認されている。また、妊娠していないメスに比べオスの寿命が顕著に短いという非常に興味深い性差も観察された。
特定の臓器でGGCXを欠損したマウスは、今回世界でも初めて作製され、今後、ほかの特定の臓器だけでCreを発現するマウスと交配させることで、これまで解析が困難であったビタミンKの全身にわたる未知の多面的な作用が解明されると期待されるとしている。