東京大学は2月10日、有機デバイスだけで構成される柔らかいワイヤレスセンサシステムを開発し、その有用性を水分検出センサシートで実証したと発表した。
同成果は、同大 生産技術研究所の桜井貴康教授、同大大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の染谷隆夫教授らによるもの。詳細は、2月9日~13日に米国サンフランシスコにて開催されている「国際固体回路会議(ISSCC) 2014」にて発表される。
ワイヤレスセンサの基盤となる無線技術やセンシング技術は、シリコンを中心とした硬い電子素材で作られており、ヘルスケアや医療分野など人間を対象としたセンサにも用いられてきた。しかし、人体に接触しながら生体に関する情報を計測する際には、装着感のない柔らかさ(フレキシブル)、衛生面から使い捨てにできることなど、従来の電子部品に求められてこなかった課題の解決が急務となっている。
こうした中、有機トランジスタや有機ダイオードなどの有機デバイスは、インクジェットなどの印刷プロセスによって高分子フィルムの上に容易に製造できるため、大面積、低コスト、軽量性、柔軟性を同時に実現できると期待されている。これまで有機集積回路については、フレキシブルディスプレイや無線タグの実現に向けた開発が活発に進められてきた。しかし、フレキシブルなワイヤレスセンサは、様々な電子回路を組み合わせて集積化する必要があり、これらを1つの高分子フィルム上に集積化することはこれまで困難だった。特に、電池などの外部部品を取り付けるとセンサシートが厚くなり、曲がらなくなる。このため、外部部品を何も貼り付けることなく、有機デバイスだけで電子回路の全ての要素を構成し、かつ集積化するための技術開発が待たれていた。
研究グループは、厚さ12.5μmのポリイミドフィルムに様々な有機集積回路を作製することで、ワイヤレスで電力とデータを伝送できるフレキシブルな水分検出センサシートを開発した。センサは、水分を検出すると、数Hzの信号を出力する。周波数が3Hzの時、センサの消費電力は1.4μWとなっている。
開発の決め手となったのは、有機集積回路を駆動するための電力伝送に電磁界共鳴法を採用したことにある。電磁界共鳴法は、センサなどの電子機器に離れたところから電力を伝送する新しい技術として注目されている。今回、有機集積回路にも応用できることが実験によって示された。同技術によって、柔らかいセンサでも、高効率に長距離のワイヤレス電力伝送と通信が可能となった。また、有機集積回路は、ショットキー型有機ダイオード、有機トランジスタ、キャパシタといった様々な電子部品を高分子フィルムの上に集積化して作製できる。いずれの部品も柔らかく、システム全体としても"くにゃくにゃ"と曲げられる柔らかさを兼ね備えている。
有機集積回路は主に3つのブロックから構成されている。第1のブロックは、有機ダイオードを用いた整流回路で、電磁界共鳴によりワイヤレスで電力を受ける。この整流回路で使われている有機ダイオードは、無線タグで広く使われている周波数13.56MHz帯において、10Vの低駆動電圧で20mAの大電流を流すことができる。
第2のブロックは、抵抗変化で発振周波数が変化する有機リング発振回路で、水分による抵抗の変化をワイヤレスにデータ転送する。同システムでは、ワイヤレスセンサの受信コイルが曲がっても最適な通信条件でデータを読み出すことができるように、送信電圧を調整できる仕組みを持っている。これにより、ワイヤレスセンサからのデータを読み出す送信機(リーダ)の送信電圧を最大で92%削減した。
第3のブロックは、有機ダイオードを用いた静電気保護回路。生体とフレキシブルセンサが接触した際に発生する静電気によるデバイスの破壊を防ぐことができる。実際に、2kVの静電気でも壊れない耐性を実現した。今回開発された有機ダイオードは、有機トランジスタの駆動電圧である8V以下の電圧で、10mA以上の大電流を流すことができる。これまでも有機半導体を使った静電気保護回路に関する研究はあったが、今回のデバイスによって、世界標準試験規格に準拠したレベルでの性能(IEC61000-4-2のレベル1相当)が示されたという。
今回の研究によって、簡単な構成だが、完全なワイヤレス伝送によるシート型のセンサシステムが実現され、大きな波及効果が期待される。センサで検出された情報を抵抗変化に変換できれば、温度や圧力など、様々なセンサに応用することができるという。また、これらを複合化して、多点で計測できるフレキシブル大面積ワイヤレスセンサへの展開が期待される。多点で計測した情報は、一点で計測した場合よりも、データの信頼性が高いため、医療やヘルスケアなどデータに高い信頼性や精度が求められる用途への展開に加え、大面積に発汗のエリア情報が取れることから、ユニークな生体計測への応用も期待できるとしている。
さらに、有機デバイスは、インクジェット印刷など高速処理で環境負荷の少ないプロセスで容易に製造できるため、将来の大幅な低コスト化が期待される。その結果、今後は、ばんそうこう型のセンサやおむつへの応用など、装着感が少なく使い捨てできる衛生的なセンサとして、様々な用途への展開が期待される。
今後の課題としては、信頼性の向上と低消費電力化が挙げられる。信頼性については、静電気保護回路有機ダイオードの材料や構造を検討することによって、さらなる高耐圧化を進めることができる。また、整流回路の有機ダイオードの駆動電圧を低減することによって、さらなる低消費電力化が可能であるとコメントしている。