東京大学は1月31日、東京工業大学(東工大)との共同研究により、外核と接するマントル最下部の厚さ300~400kmの領域「D"(ディーダブルプライム)」の詳細な3次元構造推定を可能にする新しい地震波解析手法を開発し、同解析手法を実際に北米の高密度地震観測網で収録された膨大な地震波データに適用し、実際に中米下のD"領域の詳細な3次元構造を推定することに成功したと発表した。
成果は、東工大 地球惑星科学専攻の河合研志特任助教(東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の客員研究員兼任)、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻のロバート・ゲラー教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月4日付けで「Geophysical Journal International」に掲載された。
地球は地表から深さ方向に、地殻(深度:~30km)、マントル(30~2900km)、中心核(2900~6400km)に分かれる。またマントルは大きく「上部マントル」(深度30~410km)、「マントル遷移層」(410~660km)、「下部マントル」(660~2900km)の3層で構成。そして中心核は、液体鉄合金からなりその対流で地球磁場を生み出している「外核」(2900~5150km)と、固体の「内核」(5150~6400km)に分かれている。
D"領域は下部マントルのさらに最下層に位置し、外核に接する層だ。マントルは高温だが岩石からなる固体の層で、外核に近づくにつれて、D"領域内で温度や化学組成が急変していく。つまり、D"領域はマントル対流の熱境界層であり、外核と接する化学境界層でもあるというわけだ。よって、この領域を介した物質やエネルギーのやり取りは地球の進化を考える上で重要な手かがりとなるという。しかし、その詳細な構造はいまだ明らかになっていない。
マントルは固体だが対流しており、マントルの最上部と最下部は対流の境界層で鉛直方向に急激な温度変化があると考えられている。D"領域は対流セル下部の熱境界層にあたり、そこでは核・マントル境界へ向けて急激に温度が上昇する。近年の研究により、下部マントルの主要鉱物「マグネシウムペロブスカイト」が、D"領域の温度圧力下でその高圧相の「ポストペロブスカイト」に相転移することが発見された。そのため、現在では下部マントルは主に「ペロブスカイト」および「フェロペリクレース」、D"領域はポストペロブスカイトおよびフェロペリクレースによって構成されると考えられている。
また近年、日本の「Hi-net」や米国の「US-Array」といった、広帯域地震計が特定の地域において稠密に設置されている「アレイ観測網」の稼働に伴い、詳細な地球内部構造推定に大いに役立つといわれる、良質で膨大な地震波形データが急速に蓄積され、地球内部の微細な3次元構造を推定する研究への期待が高まっている。しかし、膨大なアレイデータを従来手法によって解析することは困難なため、新しい解析手法の開発が必要となっていたというわけだ。
従来の解析手法を使った研究によって、D"領域には水平方向に数1000kmスケールの大規模な地震波速度不均質構造の存在が示唆されていた。しかし、その大規模な不均質構造の起源については、水平方向の温度不均質、または化学不均質、もしくはその両者の要因によるものとさまざまな説が唱えられていたが、いずれも仮説の域を出ていない。
さらに前述したように、D"領域の主要構成鉱物であるマグネシウムペロブスカイトがD"領域内の温度圧力条件によってポストペロブスカイト相に相転移することが近年になって発見され、大規模不均質構造の起源の理解にはD"領域内の詳細構造が必須となっていた。また、従来の解析手法を使った研究の深さ方向の解像度は、最下部マントルでは、300~500kmにすぎなかった。そのため、大規模な不均質構造の起源を考える上での情報が不足しており、D"領域内の詳細構造を得るための新しい解析手法の開発が必要だったのである。
そこで研究チームは今回、これまで独自に開発してきた解析手法を大幅に拡充し、ビッグデータ解析に適した地球内部の微細構造推定のための新しい解析手法として「局所的な構造推定のための波形インバージョン手法(波形インバージョン法)」を開発し、これにより、地球深部の3次元微細構造をより正確に推定することを可能とした。
波形インバージョン手法は理論波形を計算して、それと観測波形とを直接比較し、その残差を最小化することによって(ただし、モデルが暴れないために拘束条件を付ける)、内部構造モデルを系統的に改善する手法だ。これにより、1本1本の観測波形では識別できないほどのわずかな波形の特徴から詳細構造の推定ができるようになった。これまでの内部構造推定研究の多くは、まず観測データから波の到達時刻などの2次データを測定し、次にその2次データを分析して内部構造を推定する形だったのである。
今回の研究では、US-Arrayが収録した南米の複数の深発地震が励起した地震波のデータセット(画像1)に対して、波形インバージョン法が適用された。その結果、世界最高解像度(水平5°、鉛直50km)で中米下のD"領域内のS波(横波)速度構造を推定し、最下部400kmのマントルにわたってほぼ同じ水平位置にある水平方向250km×250kmのシート状の高速度領域が低速度領域に囲まれているという速度構造が発見されたのである(画像2・3)。また、その高速度領域と低速度領域の速度の違いは、深くなればなるほど大きくなることも確認された。
一般的に、高速度領域は温度の(平均より)低い領域であり、一方低速度領域は温度の高い領域であると考えられているという。そのため、シート状の高速度領域は温度の低い過去に沈み込んだプレートと解釈することが可能だ。過去のプレート運動に関する研究および従来の地震波解析手法を使った研究に基づいて論ずると、前述の高速度域は沈み込んだ「ファラロンプレート」の痕跡であると解釈されるという。
なお、ファラロンプレートとは、5000万年前に太平洋プレートと北米プレートの間に位置していた海洋プレートのことだ。ファラロンプレートは海溝に沈み込み、現在は地表からほとんど姿を消してしまっている。今回の研究により、ファラロンプレートが核・マントル境界に到達していたことが判明。マントル対流の様式を理解することにつながるとしている。
ビッグデータの解析手法である波形インバージョン法を用いることにより、このように地球内部の詳細な構造を推定できるようになった。一方、この新しい解析手法は膨大なデータを自動的に処理する「ブラックボックス」的な手法であるために、得られたモデルの信憑性や精度を精査する必要があるという。そこで、今回の研究では解析の堅牢性および得られたモデルの信憑性に関するさまざまな検証が行われ、手法の有効性および信憑性が確かめられた。
最下部マントルの不均質の起源については前述したようにさまざまな説がある。D"領域は地温勾配と「ソリダス」(多成分系の固溶体の融点で、温度の上昇により融解が開始する温度)が交差する場所であるため、組成分化を起こすマグマが定常的に発生する可能性が高い。そのため、温度のみならず化学組成の不均質が予想されるという。
また、地球に生命を誕生させた母ともいうべき原始大陸の痕跡が、現在は最下部マントルに存在するという説もある。今後、波形インバージョン法を用いることによって、D"領域の詳細な構造推定が期待されるとした。地球の進化および生命の起源、それらに関する仮説を検証できる時代がやってきたといえるとしている。