大阪大学(阪大)は、アルツハイマー病の中心病理であるアミロイドβ(Aβ)タンパクの脳内蓄積量が、遺伝子「kinesin light chain 1スプライスバリアントE (KLC1E)」によって制御されていることを明らかにしたと発表した。

同成果は、同大大学院医学系研究科情報統合医学講座(精神医学)の森原剛史 助教らによるもの。詳細は科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA:PNAS)」オンライン速報版に掲載された。

日本の認知症患者は2025年に470万人となり、その後も高齢化が進むことから増加していくことが推測されている。認知症の原因疾患の中でももっとも多いのが脳にアミロイドβ(Aβ)タンパクが蓄積することで引き起こされることで生じるアルツハイマー病であり、特殊な家族性アルツハイマー病の場合を除いて、病理形態の分子メカニズムがよく分かっていないこともあり、その効果的な治療法や予防法は、まだ確立されていない。

アルツハイマー病などの疾患は多数の遺伝因子(体質)、環境因子や生活様式が発症に関与する多因子疾患として知られているが、そうした外的要因があるために、遺伝子の影響を直接効果的に評価することが難しいほか、ヒト遺伝子が個人間の多様性を持つことも、遺伝子解析を難しくしている要因となっていた。

今回の研究では、アルツハイマー病になりにくいマウスの系統が存在するのかどうかの検討を実施。その結果、「DBA/2」と呼ぶ系統のマウスが「C57BL6」や「SJL」という系統よりもAβタンパクの脳内蓄積量が1/3~1/4程度に抑えられており、アルツハイマー病の病理が形成されにくい系統であることを発見したという。

しかし、この系統のマウスであっても、体質を規定する遺伝子の特定を試みた研究の成功率は1%以下であるとのことで、研究では、通常用いられるゲノム解析の代わりに、各遺伝子の挙動を効率的に直接捉えることができる遺伝子発現解析を実施。因果関係については、疾患モデルマウスと疾患病理を有さない通常のマウスを並行して解析することで、原因となる遺伝子を絞り込むことで解決を図ったとする。

この調査の結果、遺伝子「KLC1E」がアルツハイマー病の中心病理であるAβタンパクの蓄積量を規定していることが判明。また、ヒトにおいてもマウス同様にアルツハイマー病患者の脳でKLC1Eの発現が高値であること、ならびに培養細胞の実験でもKLC1Eの発現量を人工的に増減するとAβタンパクの産生も増減することが確認され、従来、Aβ病理の結果だと考えられていた細胞内輸送障害がAβ病理の原因でもあることが示されたこととなった。

今回の成果について研究グループは、現在のアルツハイマー病の薬は症状を進行抑制するだけで、症状の原因となる「脳病理」の改善や進行抑制ができないが、細胞内輸送の研究をさらに進めることで、脳病理を抑制する治療法の開発につながる可能性がでてきたとコメントしている。

今回の研究の流れ。ヒトだけでなくマウスにもアルツハイマー病へのなりやすさに体質差があることが確認された。そこから、体質差の原因となる遺伝子を突き止め、ヒトのアルツハイマー病理形成に重要な分子が明らかにされた

Klc1遺伝子がマウス脳内Aβ蓄積量を制御している。交配により背景遺伝子が混合状態となったマウスの脳内Aβ蓄積量は個体によって10倍以上の差がある。父と母から1個ずつ受け継いだKlc1遺伝子が2つともDBA系統由来であったマウス個体(青●)はKlc1Eの発現量が低く脳内Aβタンパク蓄積量も少ない。DBA系統由来のKlc1遺伝子を1つだけ持つマウス個体(灰色●)は、Klc1Eの発現量が中等量でAβ量も中等量である。DBA由来のKlc1遺伝子をまったく持たないマウス個体(赤●)は、Klc1Eの発現量が高値でAβも多量に蓄積している