理化学研究所(理研)、東京大学、青山学院大学は1月27日、電子スピンの渦状構造体であるスキルミオンが格子状に配列されたスキルミオン結晶に、光や電子線を照射して同心円状の温度勾配を与えると、特定の方向に回転する現象を発見したと発表した。
同成果は、同所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループの十倉好紀センター長 兼 グループディレクター(東京大学大学院 工学系研究科 教授)、于秀珍上級研究員、望月維人客員研究員(青山学院大学 理工学部 准教授、JSTさきがけ兼任研究者)、同センター 強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院 工学系研究科 教授)らによるもの。詳細は、英国の科学雑誌「Nature Materials」に掲載された。
右手と左手のように、鏡に映した像が互いに重ならない結晶構造を持つ磁性体(キラル磁性体)に磁場を加えると、電子スピンが自発的に渦状に整列したスキルミオンと呼ばれるナノスケールの磁気構造が出現する。近年の研究から、スキルミオンは3~100nmと微小なサイズを持ち、物質によっては室温程度でも安定であると同時に、通常の磁気構造体に比べて1/10万~1/100万の微小電流で駆動できることが明らかになっている。そのため、高い情報密度と広い範囲の動作温度、低い消費電力を実現する次世代の磁気記憶・演算デバイスへの応用が期待されている。
図1 スキルミオンの模式図。複数の電子スピン(図の矢印)が渦のように同心円状に規則的に並んだ構造をしている。スピンの向きは、中心と外周で互いに反平行で、中心から外周に向かって連続的にねじれ、渦巻き構造を形成する |
スキルミオンを磁気記憶・演算デバイスとして実用化するには、小さな消費電力でこの磁気構造体を制御する方法を確立する必要がある。現在、電流によるスキルミオンの生成・駆動方法の研究が盛んに行われているが、この方法では発熱によるエネルギー損失が避けられない。そこで、電流以外の外的要因による制御方法の探索にも注目が集まっており、研究グループはスキルミオンの実用化に向け、新しいスキルミオンの制御方法の確立を試みた。
実験では、キラル磁性体としてマンガン(Mn)とケイ素(Si)の化合物(MnSi)と、銅(Cu)と酸素(O)とセレン(Se)の化合物(Cu2OSeO3)を薄い膜状に成形し、そこに磁場を下向きに加えた際に出現するスキルミオンをローレンツ電子顕微鏡で観察した。その結果、どちらの物質でもスキルミオン結晶が時計回りに回転する現象を発見した。さらに、この現象を調べるために、スピンの運動を記述する方程式(LLG方程式)を使って数値シミュレーションしたところ、ローレンツ電子顕微鏡の中で試料に照射される電子ビームによりわずかな温度勾配ができていると考えると、時計回りの回転が再現できることが分かった。一方で、温度勾配がない熱平衡状態の場合では、一方向への回転は起こらないことを確認した。1960年代に米国の著名な理論物理学者リチャード・ファインマンは、"爪車と羽根車をつないだ「ブラウンラチェット」と呼ばれる機械が、温度差をつけた時にのみに一方向に回転する"と提起したが、今回発見された現象は、その電子スピン版と言えると、研究グループでは説明している。
次に、この現象の物理的起源を調べるために、スキルミオンとスピンの集団振動(マグノン)の流れとの相互作用に基づいた理論を構築した。その結果、高温側から低温側に向かう拡散的なマグノンの流れは、スキルミオンが作る仮想的な磁場によって曲げられる現象(トポロジカルマグノンホール効果)が起き、スキルミオンはその反動によって逆方向である時計回りに回転すると結論付けたという。
今回の研究により、光や電子線の照射が生む温度勾配によって誘起されるマグノンの流れを利用して、スキルミオンを駆動する方法が示された。この成果は、発熱によるエネルギー損失を抑えたスキルミオンの新しい制御方法として、次世代の省電力磁気メモリ素子の設計・開発を大きく前進させることが期待できるとコメントしている。