京都大学は1月22日、パラジウム(Pd)とルテニウム(Ru)が原子レベルで混ざった新しい合金を開発したと発表した。
同成果は、同大大学院 理学研究科の北川宏教授らによるもの。詳細は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載される予定。
現在、周期表上に存在する元素を組み合わせることで材料開発が行われている。金属の結晶構造は、その化学的、物理的性質と密接に関係しており、これまでに金属組織学において多くの合金の状態図が明らかにされている。Pdは、面心立方格子(fcc)の構造をとり、有機合成反応用の触媒、家庭用燃料電池「エネファーム」などにおける電極触媒、NOxなどの排ガス浄化触媒をはじめ、広く利用されている。一方、Ruは六方最密格子(hcp)の構造をとり、有機合成反応用の触媒、一酸化炭素被毒触媒、アンモニア合成触媒、水蒸気改質触媒などに使われる、極めて有用な触媒である。しかし、金属触媒の代表格であるPdとRuはバルク状態において相分離を起こし、これまで、2000℃以上の液相でも、原子レベルで混じらないとされてきた。
今回、ナノメートルオーダーまでサイズを減少させることで、PdとRuが原子レベルで混じり合った新しいPd-Ru固溶体合金を作り出すことに成功した。開発した固溶体合金の作製には、溶液中で金属原料を還元しナノ粒子を作るボトムアップ法が採用された。粒径を制御するため保護剤としてポリ(N-ビニル-2-ピロリドン)(PVP)を用い、テトラクロロパラジウム酸カリウムと塩化ルテニウムの混合水溶液を200℃で加熱されたトリエチレングリコール溶液に噴霧することにより作製された。高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)による元素マッピングから、PdとRuがお互い原子レベルで混じり合った固溶体合金ナノ粒子が得られていることが明らかになった。また、PdとRu原料の配合比を調整することにより、Pd-Ru固溶体合金ナノ粒子の金属組成比を制御可能であることが分かった。さらに、固溶体合金ナノ粒子の構造を詳細に調べたところ、PdとRuの固溶体fcc構造と固溶体fcp構造が1つの粒子内で共存していることが、粉末X線回折測定および電子線回折測定により明らかになった。
高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)による元素マッピング。(a)HAADF-STEMのイメージ、(b)Ru元素のマッピング、(c)Pd元素のマッピング、(d)PdとRuの元素マッピングの重ね合わせ。PdとRuの元素マッピングの重ね合わせからPdとRuが原子レベルで固溶した合金ナノ粒子が得られていることが分かる |
次に、一酸化炭素の酸化反応に対する触媒評価を行った。新規Pd-Ru固溶体合金ナノ粒子はPd粒子やRu粒子に比べて、一酸化炭素の転化率が50%に達する温度(T50)が低いことから、より温和な条件下で高い活性を示すことが明らかになった。さらに、元素周期表上でPdとRuの間に位置するロジウム(Rh)ナノ粒子に比べても高い活性を示した。また、PdとRuの金属組成比と触媒活性の相関を調べたところ、Pd:Ru=1:1の固溶体合金が最も高い活性を示すことが明らかになった。得られた新規Pd-Ru固溶体合金ナノ粒子は広い温度範囲で安定であり、高活性に加え、高寿命の性能を兼ね備えた優れた触媒になり得ることが期待されるとしている。
新規Pd-Ru固溶体ナノ合金触媒の一酸化炭素の酸化反応活性。T50は一酸化炭素の転化率が50%に達する温度を示している。新規Pd-Ru固溶体ナノ合金触媒はPd粒子、Ru粒子やRh粒子に比べて、マイルドな条件で高い触媒活性を示している |
一方で、燃料電池のセルスタックに、一酸化炭素(CO)は大敵である。COは、燃料電池スタック反応で重要な役割を果たす白金触媒に付着して、化学反応を妨げてしまうからだ。これをCOによる被毒と言う。有害なCOに被毒すると、燃料電池スタックは次第に発電できなくなる。それを防ぐためには、燃料電池スタックに送り込まれる水素ガス中のCO濃度を10ppm(0.001%)以下に保たなければならない。Ruは、金属表面上で一酸化炭素(CO)と酸素(O2)を反応させて二酸化炭素(CO2)に変換し、COを酸化除去する性能が最も高い金属であり、CO除去触媒として「エネファーム」で実用化されている。しかし、「エネファーム」は2009年から販売開始となったが、まだ5年しか経過しておらず、保証されている10年の耐用年数の有無はこのRu触媒の性能にかかっている。今回、発見したPd-Ruナノ合金は、「エネファーム」で使用されている既存のRuの性能を大幅に凌駕するものであり、Ruに置き換わる革新的な新触媒として期待される。
さらに、RuとPdは周期表上で、最も高価な貴金属元素であるロジウム(Rh)の両側に存在する。Rhは最も有用な自動車の排ガス浄化触媒(三元触媒)として使用されているが、価格が課題となっている。今回開発されたPd-Ruナノ合金は材料コストが1/3なのに加え、Rhの触媒性能を超えることが予想される。今後、同合金はロジウムより低廉かつ高性能な人工ロジウムとして普及することが期待されるとコメントしている。