京都大学は1月16日、名古屋港水族館との共同研究により、これまで「エコロケーション(反響定位)」などの聴覚への依存度が大きいと考えられてきた「ハンドウ(バンドウ)イルカ」を対象に、彼らの視知覚の能力について詳細な検討を行い、ヒトやチンパンジーなどの陸上に適応してきた動物と極めて類似した知覚能力を有することがわかったと発表した。

成果は、京大 霊長類研究所の友永雅己准教授、名古屋港水族館の斎藤豊 飼育第2課長、同・上野友香課員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月16日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ハンドウイルカなどの鯨類は、陸上とはまったく異なる環境である海(水)中に適応していく中で、ヒトにはないエコロケーション(反響定位)という方法で環境を認識することを獲得してきた。それにより、ヒトをはじめとする霊長類とは異なり、視覚よりも聴覚により強く依存して暮らしていると考えられており、実際に複雑な音声コミュニケーションの体系を持ち、エコロケーションによって環境の複雑な構造を認識することがわかっている。

その一方で、視力は空中でも水中でも0.08程度と、ヒトやチンパンジーに比べてはるかに劣った精度しか持っていない。しかし水族館で暮らすイルカたちは、トレーナーのサインを正しく理解し、空中に放り投げられたフリスビーをキャッチし、イルカ同士でキャッチボールをすることも可能だ。さらに、鏡に映った自分の映像を自分であると認識することができ、ものの個数の大小を把握することができる。これらの事実は、イルカたちも実は研究者がこれまで考えてきた以上に視覚に依存して世界を認識している可能性を示唆しているという。

しかしながら、実は、イルカを対象にした基礎的な視知覚・認知研究は十分に進んでいるとはいい難い状況だ。彼らが視覚情報を処理する仕方はヒトのような陸上に適応した生物と同じなのかどうかはわかっていない。そこで研究チームは今回、「見本合わせ課題」という方法を用いて、ハンドウイルカ、チンパンジー、ヒトにおける2次元幾何学図形の知覚を比較することにしたのである。

参加したのは、名古屋港水族館に暮らすイルカ3頭、霊長類研究所のチンパンジー7個体、そして名古屋港水族館のボランティア20名だ。イルカたちは対面式の見本合わせ課題、チンパンジーたちはコンピュータを用いた見本合わせ課題、そしてヒトは質問紙を用いた類似度評価をそれぞれ実施した。

見本合わせ課題とは、まず1つの図形を提示し(見本刺激)、そのあとで図形のペアを提示して、先に見た図形と同じものを選べば成果という課題だ(画像1)。イルカたちは、この課題を約3000試行で学習した。チンパンジーたちは、このような課題に長い間従事していたことから、すぐにテストに取り組んでいる。

画像1。イルカとチンパンジーの見本合わせ課題

テストでは9種類の幾何学的な図形が用いられた。これらの図形は、それぞれ複数の「要素」からなっており、例えば○だと「曲線」を含んだ「閉鎖図形」といった感じだ(画像2)。これらの図形を組み合わせて36種類のペアを作り、それぞれをテストした際の正答率が算出された。正答率が低いほどよく似ていると考えられるという。そこで、この正答率のデータを基に「多次元尺度構成法」という手法で、図形間の知覚的類似度の分析が行われた。この多次元尺度構成法は、正答率の低い図形ほど空間的に近くに配置されるのである。

画像2。今回の研究で用いた幾何学図形

結果、イルカたちの正答率は84%、チンパンジーは92%だった。画像3が、多次元尺度構成法の結果を示したものだ。見て明らかなように、3種の結果は非常によく似ていることがわかる。例えば、閉鎖図形(〇など)が比較的凝集して分布している(知覚的に類似している)というわけだ。また、斜め線を含む図形も似ていると判断された模様である。

これらの結果は、水中と陸上というまったく異なる環境に適応し、視覚への依存度もまったく異なると考えられてきたイルカ類と霊長類の「見ている世界」が、実は極めて類似していることを示唆する貴重な成果であると考えられるという。

このような基礎的な視知覚が同じであることを出発点として、イルカの視覚認知、環境認識についてさらに詳細な検討を加えることにより、イルカが認識している世界をより深く理解でき、イルカを通してヒトを理解するというユニークな視点をもたらし得るものと考えているとしている。

画像3。実験の結果。平面上で近接しているほど類似して知覚されていた(よく誤答していた)