東北大学は、グラフェンを用いたデバイスの動作時における、相対論的量子力学に起因して発現する多体効果のナノスケール制御に成功したと発表した。
同成果は、同大 電気通信研究所の吹留博一准教授らによるもの。高輝度光科学研究センター、東京大学 大学院工学研究科、東北大学 学際科学フロンティア研究所と共同で行われた。詳細は、「Scientific Reports」に掲載された。
蜂の巣状に配列した炭素原子からなるグラフェンは、直線的なバンド構造を有しており、グラフェン中の荷電キャリアは、シリコンなどのデバイス材料が従う量子力学ではなく、相対論的量子力学に従い、シリコンの100倍以上のキャリア移動度を有するなど、優れた電子・光物性を持っている。しかし、グラフェンを用いたデバイス、例えば、トランジスタの特性は、その理論値から予想される値を下回っている。その大きな理由の1つとして、デバイスプロセスの未成熟さが挙げられる。さらに、もう1つの理由として、多体効果が挙げられる。多体効果とは、多くの素粒子(電子・正孔など)間に働く相互作用を指す。その一例として、クーロン力により束縛された電子-正孔対(励起子)に働く相互作用(励起子効果)が挙げられる。多体効果は、グラフェン中のキャリアが相対論的量子力学に従うために顕著となる。このことから、多体効果を無視した場合には一直線となるバンド構造に、多体効果に起因した折れ曲がりなどが生じ得ることになる。このため、グラフェンの優れた物性、例えば、キャリア移動度は、多体効果により変調を受ける可能性がある。多体効果はグラフェンを用いた光デバイスや高速電子デバイスの特性を変化させると予想される。
研究グループでは、大型放射光施設SPring-8のBL17SUに設置されている光電子顕微鏡を用いて、実際のグラフェンを用いたトランジスタの動作に近い状態(ゲート電圧印加下)での、グラフェンの電子状態をナノスケールで調べ、2つの多体効果を調査した。1つは励起子効果で、クーロン引力により結び付けられた電子とX線照射により瞬間的に生成する内殻正孔のペアに働く相互作用。もう1つは、アンダーソン直交性崩壊で、X線照射により瞬間的に生成する内殻正孔により周りの電子状態をかき乱す相互作用である。
この光電子顕微鏡による観察から、グラフェン中の電子は、多体効果を顕著に受けることが明らかとなり、しかも、その多体効果の大きさが、グラフェントランジスタの基本動作パラメータであるゲート電圧の値により変化することが明らかとなった。この結果は、ゲート電圧印加により変調されるフェルミ準位で決まる荷電キャリア(電子もしくは正孔)密度により、多体効果の大きさが決定されることを意味する。また、分子軌道の性格により、この多体効果を受けやすさが異なることが明らかとなった。具体的には、グラフェン中の電気伝導に直接関わるπ軌道は、多体効果を受けやすく、グラフェン中の炭素原子を結び付ける骨格であるσ軌道は、多体効果を受けにくいという。
さらに、グラフェンと電極間界面において、この多体効果を調べた。その結果、グラフェンと金属電極間に生じる電荷移動により、多体効果がこの界面近傍でナノスケールで変化していることが明らかとなった。
これらの結果から、グラフェン中の電子は従来考えられていたような単純な振る舞いをするのではなく、ゲート電圧や金属電極との界面により変調される電子の個数(フェルミ準位)や分子軌道の種類に依存する多体効果によって、その振る舞いが制御可能であることを明らかになった。この知見は、グラフェンを用いた光デバイスや高速電子デバイスの特性を最適化させる際に極めて有用なものであるとコメントしている。