米誌「サイエンス」は、今年の科学界における10大成果を発表した。最も飛躍的な成果として「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー2013」に選んだのは「がん免疫療法」。その他の上位入賞(ランナーズアップ)には、遺伝子改変が容易な“ゲノム編集ツール”「CRISPR(クリスパー)」、脳を透明化する技術「CLARITY(クラリティ)」、さらに「ペロブスカイト化合物」を用いた次世代太陽電池の開発など、9件を選んだ。
「がん免疫療法」は、がん細胞を直接攻撃するのではなく、体の免疫系を強化してがんを撃退する療法。米国内の製薬2社がそれぞれに、免疫T細胞の表面にある「CTLA-4」分子、「PD-1」分子の阻害薬を開発し、臨床試験に取り組み、ある種のがんに効果を上げているという。CTLA-4は1987年にフランスの研究者が発見した。PD-1は1992年に、京都大学大学院の本庶祐(ほんじょ・たすく)名誉教授下の石田昌義氏らが発見した。
“ゲノム編集ツール”は、生物のゲノム(全遺伝情報)の特定の遺伝子を切り取ったり、置き換えたりする遺伝子の改変技術だ。近年は“ZFN”や“TALEN”といった人工制限酵素が開発され、遺伝子の“切り貼り”が容易になったが、あらゆる生物種や培養細胞に利用できる「CRISPR」技術の登場で、さらに遺伝子改変が正確、かつ容易になった。「CRISPR」は元々、バクテリアがもつ獲得免疫システムで、外来ウイルスの特定のDNA配列を自分のゲノムに取り込み、そこで転写されたRNAとCASタンパク質を使って、外来ウイルスの同じDNA配列を切断し、2回目からの感染を防ぐ。 CRISPRの特殊構造は、九州大学大学院の石野良純教授が大腸菌から発見し、1987年に発表した。
脳を透明にする「CLARITY」は、米国スタンフォード大学のカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)博士らが2013年4月に開発した。脳などの生体試料をポリマーで固定したあと、界面活性剤に浸けて長時間電流を流し、脂質を取り除くことで透明化する。複雑に入り組んだ神経細胞や他の脳織などがそのまま残り、観察できるが、試料は小さなものに限られる。直径4ミリメートルほどのマウスの脳なら約9日間で透明化できる。
体の細胞や組織の微細構造を蛍光顕微鏡で立体的に画像化するには、これまでは表面から深さ数百マイクロメートル(100万分の1メートル)までが限界だった。透明化のために、理化学研究所のチームは、試料へのダメージが少ない、フルクトース(果糖)を主成分とする試薬「SeeDB」を開発し、今年6月に発表した。ホルマリンで固定した脳などの生体試料を、3日程度で透明化できるという。
新しい太陽電池の材料として注目されるのが、安価で加工のしやすい「ペロブスカイト化合物」だ。ペロブスカイトはチタン酸カルシウム(灰チタン石)の鉱物名で、発見者のロシア人科学者(ペロブスキー)にちなむ。これと同じ結晶構造をもつペロブスカイト化合物を用いた太陽電池は、太陽光から電気エネルギーへの変換効率が15%を超えるまでになった。しかし、一般的なシリコン太陽電池の変換効率は約20%、研究室レベルでは25%を達成しており、まだ差がある。
太陽電池での新しい活用法が、ペロブスカイト化合物とシリコンとの組み合わせだ。ペロブスカイト化合物は太陽光の高エネルギー帯(青色や緑色)を吸収し、シリコンは低エネルギー帯(赤色や赤外線)を吸収する。シリコンパネルの上にペロブスカイト層を築いたハイブリッド太陽電池は、30%の変換効率を達成できた。ただし、ペロブスカイト化合物はもろく、空気や水にさらされると壊れてしまう。さらに毒性も高いため、材料の封入技術や安全な代替材料などの発見が課題だという。
その他の“ランナーズアップ”は▽ワクチン設計の進歩▽iPS細胞などによる“ミニ臓器”の作製▽ヒトクローンES細胞の作製▽超新星爆発の残存物が放つ宇宙線▽睡眠の役割は脳内清掃▽体内細菌と健康と関係。
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