物質・材料研究機構(NIMS)は12月16日、超極薄酸化グラフェンを利用した高性能ナノスケール素子の実現の鍵となる、バンドギャップの制御をその場で自在に行うことに成功したと発表した。
同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志博士研究員、寺部一弥グループリーダー、青野正和拠点長らによるもの。詳細は、「Advanced Materials」に掲載された。
半導体素子は、微細加工技術の進歩に支えられて性能向上を続けてきたが、近い将来、微細加工技術の限界のみならず、素子の機能、性能、サイズや消費電力などの限界を迎えると見られる。そのため、今後も電子情報用素子が性能向上を続けて行くためには、従来の半導体技術のさらなる発展だけでなく、新たな原理で動作する素子の開発研究も重要な課題となっている。
新たな電子素子の1つとして、究極的に薄く、しかも優れた電子伝導特性を有するグラフェン材料を用いたナノスケール素子が提案されている。電子回路の重要部品であるスイッチング素子を実現させるためには、シリコンのような半導体材料と同様に、新しい素子材料の電子状態にバンドギャップが形成されていることが望まれる。しかし、グラフェンは、バンドギャップを有していないことが課題だった。これまで、外部電圧によってバンドギャップをその場で制御する方法が提案されていたが、外部電圧の印加を止めると制御されたバンドギャップは消滅してしまうという揮発性の制御法であることが問題だった。
そこで、研究グループでは外部からの電圧印加によって、グラフェンに酸素原子を可逆的に吸着・脱着させたりすることによって、炭素原子の結合状態を変化させてバンドギャップを形成し、しかもその場でバンドギャップを自在に制御することを可能にした。また、電圧印加を止めても制御したバンドギャップは保持されるという不揮発性の特徴を有している。
今回開発した制御法で用いる素子構造は、酸素原子を化学結合させたグラフェン(酸化グラフェン)を基板上に塗布した後、その上に水素イオン伝導体である固体電解質を積層した。電圧印加や電気伝導測定を行うための各電極も合わせて積層したという。固体電解質材料には、室温付近で固体内を水素イオンが移動することができる安定化ジルコニアを用いた。酸化グラフェンにおける酸素原子の吸着と脱着の制御は、安定化ジルコニアの水素イオンと酸化グラフェンの酸素原子との間で電気化学反応を生じさせることによって実現した。例えば、ゲート電極とソース電極との間で正の極性の電圧をゲート電極に印加させた場合には、安定化ジルコニア内の正の電荷を持った水素イオンが酸化グラフェン側に移動して、酸化グラフェンの表面にある酸素原子との間で電気化学反応(2H+ + O + 2e- → H2O)が生じる。この化学反応によって、酸化グラフェンに結合している酸素原子を脱着させることができる。反対に、ゲート電極とソース電極との間で負の極性の電圧をゲート電極に印加させた場合には、固体電解質内に残留しているH2Oが電気化学反応(2H+ + O + 2e- ← H2O)によって分解され、発生した酸素原子が酸化グラフェンと再結合する。すなわち、印加電圧の極性に依存して、この電気化学反応(2H+ + O + 2e- ⇔ H2O)を可逆的に生じさせることによって酸化グラフェンにおける酸素原子量を変化させることができる。そして、酸化グラフェンに結合している酸素原子量を増減させることによって、バンドギャップを制御することが可能になった。
実験の結果、ゲート電極とソース電極との間に印加した電圧の極性と大きさを制御することによって、バンドギャップを約0.3~0.75eVの間で制御できることが分かった。この値は、広い波長域の光を試料に当てて、その光の吸収測定から見積もっている。
図4は、比較的大きな数ボルト程度の電圧をゲート電極とソース電極との間に印加してバンドギャップを制御した後、バンドギャップに変化が現れない0.5V程度の小さい正と負の極性の電圧を交互に印加する(図4(a)のオレンジの矩形波形)ことによって、ドレイン電極とソース電極の間で流れるスイッチング電流を示したもの。印加するゲート電極の電圧条件(a)、(b)、(c)の全てで良好なスイッチング特性が得られた。このスイッチング時に流れる電流の大きさやオンオフ比は、事前に施したゲート電極とソース電極との間の電圧の大きさ、すなわち形成されたバンドギャップの大きさに依存している。
図4 ゲート電極にそれぞれ2.5V:(a)、2.3V:(b)、-1.0V:(c)の電圧を印加した後、ゲート電極に(a)に示されている0.5Vと-0.5Vの電圧を交互に加えることによってソース電極とドレイン電極の間で流れるスイッチング電流 |
この制御法を用いれば、酸化グラフェンのバンドギャップを素子構造が保持された状態、すなわちその場で自在に制御することが可能になる。しかも、電圧の極性および大きさによって制御したバンドギャップは、電圧の印加を止めても保持される。同技術を用いれば、これまで究極的に薄く、ポストシリコン材料として期待されていながらスイッチング素子などの素子材料としての利用が困難だったグラフェンを用いて、社会的要求の高い、素子作製後でもプログラム可能な超小型演算素子やメモリなどの高機能性ナノエレクトロニクス素子の材料として応用へ近づくことになる。また、このイオン移動と電気化学反応を利用した制御法は、グラフェン、ダイヤモンド、カーボンナノチューブやフラーレンなどの新炭素系材料の固体物性の探索や制御するための新しい手法としても意義があるとコメントしている。