慶応義塾大学(慶応大)は12月9日、産業技術総合研究所(産総研)と共同で、先端トランジスタの作製・評価技術を駆使し、様々な構造の微細トランジスタにおける動作中温度の正確な測定に成功したと発表した。
同成果は、同大 理工学部電子工学科の内田建教授らによるもの。産総研 ナノエレクトロニクス研究部門と共同で、産総研つくばイノベーションアリーナ推進本部 スーパークリーンルーム運営室の支援を受けて行われた。詳細は、12月9~11日に米国ワシントンD.C.で開催される「International Electron Device Meeting(IEDM)」にて発表される。
LSIの高速性と低消費電力性の両立のため、シリコン酸化膜(Buried-Oxide:BOX層)上に単結晶シリコン(Silicon-On-Insulator:SOI層)が形成されたSOI基板の導入が検討されている。SOI基板に作製されたトランジスタは多くの優れた点を持つ一方で、トランジスタ動作中にチャネル近傍の局所領域の温度が、周囲に比べて上昇してしまうことが指摘されている。この局所的な温度上昇によって集積回路の信頼性が低下し、また集積回路全体の消費電力が上昇することも懸念されている。トランジスタの温度を下げるためには、トランジスタが動作している時のチャネル部分の温度を正確に測定する必要がある。これまでも、トランジスタの温度を見積もる研究は行われてきたが、ナノスケールのトランジスタ温度、特に動作中の温度の正確な測定は行われていなかった。
今回、産総研 ナノエレクトロニクス研究部門は、スーパークリーンルーム運営室の支援を受けて、ゲート長が40nm程度の先端トランジスタを測定用に作製した。作製された素子は、従来構造のバルクトランジスタ(バルク基板上に作製したトランジスタ)に加え、6nmの極薄膜BOX層を持つSOI基板上に作製されたSOIトランジスタも含まれている。一方、内田教授のグループは、産総研が作製したトランジスタの動作中温度を4端子ゲート法という手法で測定した。具体的には、温度変化に伴う抵抗変化の大きなニッケルシリサイド(NiSi)を多結晶シリコン(poly-Si)に貼り付けた4端子ゲート電極構造を採用し、高精度の抵抗評価技術と組み合わせることで、動作中のナノスケールトランジスタにおいて、非常に高い精度で温度を測定することに成功した。
過去の研究から、SOIトランジスタの動作時温度はBOX層の薄膜化によって低減できることが示唆されていた。今回の研究では、様々なBOX膜厚のSOIトランジスタの温度を測定し、BOX層の薄膜化によって動作時温度は標準的な動作条件において60℃程度下がるものの、40℃程度の温度上昇は依然存在することを明らかにした。さらに、局所温度の上がりやすさに相当するパラメータであるトランジスタの熱抵抗は、基板全体の温度に依存することを初めて見い出した。このことは、これまで考えられていたトランジスタの熱抵抗が基板全体の温度に依存しないとする局所温度上昇のモデルでは、トランジスタの温度を正しく評価できないことを示している。
また、現在量産されているバルクトランジスタでは、チャネル近傍の局所的な温度上昇は無視できると考えられていた。そのため、設計もこれを前提として行われてきた。しかし、今回の研究で正確に温度を測定することにより、特徴的サイズが40nm程度のトランジスタでは標準的な動作条件においてチャネル近傍の温度が20℃以上上昇していることが見い出された。さらに、バルクトランジスタの局所的な温度上昇が、チャネル領域への不純物イオン注入によるシリコンの熱抵抗の上昇に起因することを示した。このことから、従来は電気的な条件からのみ最適化されていた不純物イオン濃度を、熱的な条件も考慮して最適化する必要があることが分かった。
なお研究グループでは、今回の成果について、次世代集積回路において高性能と高信頼性を両立する方向を示すものだとする一方、長い時間トランジスタに電流を流した時の局所的な温度上昇を調べたものであるため、今後は、現実の集積回路の動作条件に近い、非常に短い時間スケールでトランジスタに電流を流した時の局所的な温度上昇の評価に取り組む予定とコメントしている。