中央大学と物質・材料研究機構(NIMS)、東北大学は12月2日、既存の準結晶基板上で鉛を結晶成長させ、単一元素からなる準結晶の3次元構造を作製したと発表した。
同成果は、中大 理工学部 物理学科の野澤和生助教、石井靖教授、NIMSの下田正彦主席研究員、東北大学 多元物質科学研究所の蔡安邦教授らによるもの。英国リバプール大学のH. R. Sharma講師らと共同で行われた。詳細は、「Nature Communications」に掲載された。
準結晶の研究において、周期的でない結晶構造の複雑さが最大の困難となっている。しかも、多くの準結晶は3つ以上の元素からなる合金であり、その化学的な複雑性も準結晶の理解を困難にしている。2000年に発見された唯一の2元合金準結晶(Tsai型準結晶)では、構成元素が2つであるという化学的単純性を生かし、初めて準結晶の構造が決定された。
今回の研究では、この唯一構造が決定されているTsai型準結晶の1つである3元合金準結晶Ag-In-Ybを基板として用いて、鉛の単元素準周期膜の作製を試みた。具体的には、電子線によって蒸発させた鉛を基板準結晶の表面上に吸着させることで基板の構造を模した鉛を結晶成長させた。Tsai型準結晶の構造は、図1のように、Tsaiクラスタと呼ばれる多層原子クラスタを構成単位として理解される。Tsaiクラスタを構成する各多面体の頂点には Ag、In、Ybの原子が位置しているが、このTsaiクラスタが3次元ペンローズタイルの格子点上に配置することによって準結晶が構成される。
図1 基板に用いた準結晶の構造単位であるTsaiクラスタ。内側から四面体、十二面体、二十面体、十二面・二十面体、菱形三十面体が入れ子構造になっている。今回用いた準結晶基板の構造は、このTsaiクラスタが3次元ペンローズタイル上に配列したものとして記述される |
今回、走査型トンネル電子顕微鏡などの実験的手法と理論計算によって、準結晶基板上に吸着した鉛がTsaiクラスタを構成しながら、結晶成長していることが確かめられた(図2)。図3は、基板準結晶の結晶構造データから求めた、基板表面に垂直な方向の原子密度分布(a)と、(a)に示した範囲内の原子の位置(b-d)。今回用いた基板表面では、Ybが多く含まれる原子層が表面に出やすいことが、先行研究によって明らかにされているため、Ybの原子密度が高い層を表(z=0)と考えて基板準結晶の原子位置(図3b、c、dの球)と実験で観測された鉛の吸着位置(図3b、c、dの挿入図)を比較すると、双方に同じ大きさの5角形や10角形を見つけることができる。これはつまり、鉛の吸着構造が基板準結晶の結晶構造と一致していることを意味している。図3(a)の矢印で示した各原子層の末尾の数字はTsaiクラスタ(図1)の殻の番号を示しており、図3(a)と図3(b-d)を比較することによって、例えば(b)の5角形は第4殻の原子位置に吸着した鉛、(c)と(d)の構造は第3殻の原子位置に吸着した鉛によって形成されていることが分かる。2元合金準結晶の発見は、結晶構造の決定を可能にするなど準結晶の理解を大きく前進させたとしている。
今回の研究においても、基板準結晶の構造データの存在が、鉛の吸着構造の解明に決定的な役割を果たした。今回作製に成功した単元素準結晶層はまだ非常に薄い膜だが、2元準結晶よりも、さらに化学的に単純な系として、準結晶の安定性の起源の解明や、準周期構造を反映した新しい表面物性の発見に寄与するものと期待される。また、今後、実験条件などを最適化することによって単元素準結晶が実現され、表面物性だけでなく結晶としての新奇な物性の発見につながる期待も持たれるとコメントしている。