京都大学は11月29日、新しくレーザ発振・波長制御を可能とした中赤外自由電子レーザ(KU-FEL)を使って、固体材料の原子の振動(格子振動)を選択的に励起できることを直接的に観測したと発表した。
同成果は、同大 エネルギー理工学研究所/エネルギー科学研究科の吉田恭平博士課程学生、園部太郎リサーチ・アドミニストレーター(元同特定助教)、エネルギー科学研究科の蜂谷寛助教、エネルギー理工学研究所の全炳俊助教、紀井俊輝准教授、増田開准教授、大垣英明教授らによるもの。詳細は、米国物理学誌の「Applied Physics Letters」に掲載された。
自由電子レーザは、真空中で光速近くまで加速された電子ビームが放出する光を利用したもので、一般に、連続的に波長可変で高強度の単色光が得られる特徴がある。エネルギー理工学研究所では、研究室レベルの小型・高性能な装置を目指し、電子ビーム発生に熱陰極型高周波電子銃と呼ばれる電子源を利用している。現在、同方式の課題だった動作の不安定性を電子銃へ投入する高周波電力を精緻に制御することにより克服し、5~22μmの中赤外領域で波長可変かつ強力なレーザ光を共同研究などに提供している。
固体の格子振動は、常温では熱エネルギーが様々な方向の振動に少しずつ分配されて起こっている(非選択的な格子振動励起)。この格子振動を抑えるために、固体材料を-259℃という極低温に冷却する。冷却した固体材料に、着目する特定の格子振動の振動エネルギーに一致する波長の中赤外自由電子レーザを照射すると、固体材料がレーザ特有の位相が綺麗にそろった強力な光波を吸収し、照射した光のエネルギーに対応する特定の振動方向・振動数(Vr)の格子振動のみが、非常に強く励起される現象が観測される(選択的な格子振動励起)。
中赤外自由電子レーザの照射と同時に、プローブ光を固体材料に入射すると、プローブ光は、振動している固体材料との間で差し引きのエネルギー授受のない弾性散乱(レイリー散乱)に加え、格子振動にエネルギーを与える格子振動からエネルギーを受け取る結果、入射した光のエネルギーの差し引きが出射時に変化する非弾性散乱(ラマン散乱)が起こる。非弾性散乱により発生した光のうち、入射した光よりも低い振動数の光(Vi-Vr)をストークス散乱光、入射した光よりも高い振動数の光(Vi+Vr)をアンチストークス散乱光と呼ぶ。
アンチストークス散乱光は、極低温では、固体材料の格子振動が抑制され、入射光にエネルギーが与えられないため観測されない。これは、アンチストークス散乱光が極低温で新たに観測されたということは、逆に言えば、その振動数に対応する格子振動が外部からの光照射により励起されたことの直接的な証明となる。
今回の成果では、極低温の固体材料にこの現象を観測するための入射光の条件を兼ね備えた中赤外自由電子レーザを照射して、照射した中赤外自由電子レーザ光の振動数に対応するアンチストークス散乱現象の観測に成功した。この結果は、中赤外自由電子レーザにより固体の格子振動が選択的に励起されたことを示しており、中赤外光を発振させるレーザによって格子振動の制御ができることを直接的に証明した。
同様のレーザにおいて、気体分子・原子に対して、選択的励起の実証実験が行われているが、今回、固体に対する選択的励起が示されたことで、中赤外自由電子レーザの有用性が明らかとなった。今回の研究は、中赤外レーザを用いた格子振動の選択的な励起を直接的に実証したものであり、今後、格子振動の選択的励起を利用した固体物理研究に波長可変な中赤外レーザが広く利用される大きな契機になると考えられる。
これまでは、固体中の電子と格子振動との相互作用(電子格子相互作用)を調べるためには、一般に、材料の温度を変化させながら特性を計測することにより、様々な格子振動を一様に励起するか、今回の研究における中赤外自由電子レーザ光よりも限られた条件による励起光を用いて研究されてきた。今回の実証により、非常に制御性の良い中赤外レーザを用いて、狙った格子振動を選択的に励起可能なことが直接的に示された。このため、今後、今回の研究のような中赤外レーザを用いた選択的格子振動励起により、様々な物質中での電子格子相互作用が固体物性に与える影響が解明されることが期待される。
電子格子相互作用は、電気伝導特性や磁気特性といった固体の物性に影響を与える重要な因子であり、どの格子振動がどのような固体物性を発現させているかを明らかにする手段を得ることで、省エネルギーな電子デバイスの開発、また超電導現象の発生メカニズムの解明が進み、より高温条件で超伝導となる物質(室温超伝導物質など)の開発などに寄与できるとコメントしている。