岡山大学は、数層グラフェンの電子の性質が奇数層と偶数層で決定的に異なることを実験的に明らかにしたと発表した。

同成果は、同大大学院 自然科学研究科 地球生命物質科学専攻の後藤秀徳助教、久保園芳博教授らによるもの。詳細は、米国化学会発行の「Nano Letters」に掲載された。

今回の発見のように、全系の性質が構成物の偶数か奇数かで決まることをパリティ効果と言い、自然科学の様々な分野に共通して現れる興味深い性質であるという。グラフェンは、炭素原子が6角格子状に並んだ単原子層であり、これが積層してグラファイトになる。単層グラフェンでは、電子のエネルギーが波数に比例する線形のバンド構造を持つために、相対論的量子力学が適用される特異な物質として興味を集めている。しかし、2層グラフェンは通常の物質と同様に、電子のエネルギーは波数の2乗に比例し、放物線形のバンド構造を持ち、非相対論的な量子力学に従う。これまで1、2、3層グラフェンそれぞれ個々の性質は調べられていたが、偶奇による分類に着目した実験的な研究は行われていなかった。

今回の研究では、偶数層(2層、4層…)のグラフェンが放物線形のバンド構造だけを持つのに対し、奇数層(3層、5層…)のグラフェンは放物線形のバンドに加えて線形のバンドを持つことを実験的に明らかにした。つまり、奇数層グラフェンにおいても単層の場合と同様、線形のバンドに由来する特異な性質が現れることが期待される。

図1 AB積層した1~4層グラフェンの結晶構造とバンド構造。赤球、青球はグラフェンを構成する炭素原子のA、B副格子を表し、赤、青、赤、…の順に重なる構造をAB積層と呼ぶ。奇数層グラフェンと偶数層グラフェンは異なる空間対称性を持つため、異なる電子状態をとる。奇数層グラフェンにのみ存在する線形のバンド構造を赤で示している

図2 グラフェンの層数は光学顕微鏡像、ラマン分光、原子間力顕微鏡を組み合わせて判別した

図3 試料の光学顕微鏡写真(右)と測定回路(左)。数層グラフェン/イオン液体間のキャパシタンスのゲート電圧Vg依存性を測定した。Vgによって蓄積電子数がどのように変化するかをキャパシタンスとして測定することにより、バンド構造を議論できる。電極部分は絶縁体(フォトレジスト)でおおわれている

また、今回の研究は、グラフェンが重なってグラファイトとなる場合に、連続的にグラファイトに近づいていくのではなく、層数のパリティによって交互に性質が変化することを示したものである。この得た結果のように、構成される層数の正確な数よりも、偶奇性という抽象的な概念によって全体の性質が分類されることは、物質の普遍的な性質をとらえるうえで極めて重要であるという。

さらに、今回の研究は、応用面でも大きな意義を持っている。エネルギーが波数に比例する粒子の代表例は質量ゼロの光子である。同様に、単層グラフェンの線形なバンド構造における粒子の質量も小さく、電界によって動きやすい性質がある。これは、単層グラフェンが高速で消費電力の少ない次世代材料として期待される理由である。今回の研究は、奇数層グラフェンも単層グラフェンと同様、線形バンドを持つことを示したものであり、これまで単層グラフェンにのみ期待されてきた質量ゼロのキャリアを利用する超高速・低電力デバイスが、奇数層のグラフェンにも期待できることを実験的に明らかにした。これにより、実用的なグラフェンエレクトロニクスへの道が大きく広がったとコメントしている。

図4 数層グラフェン/イオン液体間のキャパシタンスのゲート電圧依存性の実験値と計算値との比較。実験値は複数のデバイスに対する平均値をとり、計算との比較を明確にするためオフセットを加えている。奇数層では線形バンドの存在のために曲線の傾きが急になり、実験と計算で良い一致を示している

図5 図3の曲線の傾きの層数依存性の実験値と計算値との比較。単調に減少するのではなく、奇数層で値が大きくなっていることが線形バンドの存在を意味している