東京大学は11月25日、光で応答する磁性材料にキラル(不斉)構造を付与することで、物質から出てくる光の波面(偏光面)を水平と垂直の間で可逆的に光スイッチングする新たな現象を発見したと発表した。
同成果は、同大大学院 理学系研究科 化学専攻 大越慎一教授らによるもの。詳細は、英国科学雑誌「Nature Photonics」に掲載された。
開発した物質は、鉄(Fe)イオンとニオブ(Nb)イオンをシアノ基(-CN-)で3次元的に架橋したキラル構造を有する磁石で、同物質に青色光(波長473nm)と赤色光(波長785nm)を交互に照射することで、可逆的に磁石の磁力を変えることができる新しいタイプの磁石という。このキラル光磁石を用いて、非線形光学効果の1つである第2高調波(物質にある波長の光を入射すると、半分の波長の光が出射してくる現象)の研究を行った。この結果、光照射前の非磁石状態では、入射面に水平な波面の光入射に対して、垂直な波面の光の出射が観測されたが、その状態に青色光を照射して磁石状態(光磁石状態I)にすると、水平な波面の光の出射が観測された。また、引き続き赤色光を照射して磁力が弱い磁石状態(光磁石状態II)にすると、垂直な波面の第2高調波に戻った。このように、青色と赤色の光で磁石の状態を変えることで、第2高調波として出射される光の波面を可逆的に90度スイッチングすることに成功した。また、同物質を作り出したことで、キラリティと磁気的性質とが相関し、物質から出てくる光の波面が90度光スイッチングする現象の創出に成功した。
オプトエレクトロニクス用材料として、光で物理的性質が変化する材料(光相転移材料・光変換材料)の研究が現在活発に進められている。光により直接的に磁性をスイッチングできる磁性材料を開発できれば、磁場や熱を必要とせず非接触で磁気的な性質を変換でき、また高密度記録化も可能なため、光メモリや光コンピュータなどの光磁気メモリや光アイソレータ素子などへの応用が期待されている。今回、研究グループでは、オクタシアノニオブ酸鉄(II)ブロモピリジン(Fe2[Nb(CN)8]・(4-BrC5H4N)8・2H2O)というキラル構造を有する3次元構造物質を開発した。
図2 Fe2[Nb(CN)8]・(4-BrC5H4N)8・2H2Oの結晶構造。(a)単位格子、(b)非対称ユニット、(c)結晶内のらせん構造(赤線)、左側はキラル構造(+)体、右側はキラル構造(-)体 |
具体的に同物資は、光照射前は非磁石状態だが、波長473nmの青色光を照射すると、磁気相転移温度(TC)が15K(-258℃)、保磁力(Hc)が3000エルステッド(Oe)の磁石状態(光磁石状態I)に光相転移する。一方、波長785nmの赤色光を照射するとTC=12K(-261℃)、Hc=2100Oeの磁石状態(光磁石状態II)に光相転移する。また、光磁石状態Iと光磁石状態IIの間の相転移は青色光と赤色光照射により可逆的に繰り返すことが分かった。この光スイッチング現象は、鉄(II)イオンのスピン状態が、低スピン状態(S=0)と高スピン状態(S=2)の間で光可逆的に相転移する光スピンクロスオーバー現象に由来している。
研究グループでは、このキラル光磁石を用いて非線形光学効果の一種である第2高調波(SH)(入射光に対して波長が半分の光が出射する現象)の研究を行った。まず、非磁石状態に、入射面に対して水平な波面(偏光面)の光を入射したところ、同物質は垂直な波面のSH光を出射したが(図4a)、青色光を照射して光磁石状態Iに光相転移させたものでは、波面が90度回転した水平な波面のSH光を出射することが分かった(図4b)。また、引き続き赤色光を照射した場合は、元の垂直な波面のSH光の出射が観測された(図4c)。同キラル光磁石では、青色光と赤色光で磁石の状態を変えることで、SH光の波面を可逆的に90度スイッチングすることに成功した。
図4 キラル光磁石で観測された光の波面90度スイッチング。(a)非磁石状態におけるSH強度の角度依存性、(b)光磁石状態IにおけるSH強度の角度依存性、(c)光磁石状態IIにおけるSH強度の角度依存性、左図は実測データ、右図は模式図 |
観測された90度光スイッチングのメカニズムは、同物質の第2高調波は、キラル結晶構造に由来する成分(結晶項)と磁性スピンに由来する成分(磁性項)によるという。前者は垂直な波面を、後者は水平な波面の第2高調波を作り出す。非磁石状態および光磁石状態IIの場合は、結晶項が主となるためSH光の波面は垂直となり、光磁石状態Iの場合は磁性項が主となるため波面は水平となる。通常の磁石のファラデー効果やカー効果などの磁気光学効果では、波面が回転する場合、楕円率変化も起こってしまうため、直線偏光は円偏光に変換されてしまうが、同現象の場合は、楕円率変化が生じることなく、直線偏光がそのまま90度回転している点に特徴がある。このような現象は、最先端の光科学と物質科学を融合させて達成できたものであり、光記録デバイスや光センサ、光コンピュータ、光通信技術などへの応用が考えられるとコメントしている。