NTTは11月12日、光子パルスが光導波路中を進む速度が真空中の光速より大幅に遅くなるスローライト効果を用いて、光導波路上にオンチップで集積化した量子バッファを実現したと発表した。
詳細は、英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。
NTT物性科学基礎研究所では、超伝導デバイス、半導体ナノデバイスなどを用いた量子ビットの研究を進めてきた。光子は、これまで提唱されている量子ビットの中でも、環境との相互作用がほとんどないことから、他の手法に比べてノイズ耐性に優れた量子ビットとして期待されている。
量子コンピュータを構築するためには、量子ビット同士を相互作用させ、演算操作を行う量子ゲートが必要となるが、光子の場合には、光子の干渉効果を用いて量子ゲートを構成する。現在、光子を用いて大規模な量子コンピュータを実現するために、光子源、光子検出器、量子ゲート操作のための光子干渉回路、量子バッファなどの素子を光導波路上に集積化する集積化量子光回路の研究が盛んに行われている。
特に、量子ゲートの構成においては、単一光子の干渉に際して光子干渉回路への到着時刻を正確に一致させる必要があるため、導波路上で光子の量子状態を保持しつつ一時的に蓄えることで、光子の到着時刻を調整し量子ゲート動作を達成する量子バッファの実現が課題となっていた。
光子を用いた量子コンピュータにおける量子バッファの役割。前段の光子干渉回路による量子ゲート操作や光スイッチなどによる経路切り替えの後、時間的位置がずれた光子を量子バッファにより再び同期する。その後、光子干渉に基づく量子ゲートに入力する |
そこで今回、シリコンフォトニック結晶技術を用いて、光閉じ込めの非常に強い光ナノ共振器を400個結合した全長840μmの結合ナノ共振器を作製。この結合ナノ共振器中で、光子パルスがそのパルス形状を保ったまま、真空中の光速より大幅に遅い速度で伝搬するスローライト効果を用いて、光子に対する量子バッファを実現した。
この量子バッファを用いて、実験を実施した結果、結合ナノ共振器により光子パルスの伝搬速度を大幅に減速(真空中の光速の1/60程度)しつつ、光子の量子状態を忠実に保持できたことにより、同技術が光導波路上にオンチップで集積化した量子バッファとして適用可能であることを確認したという。
量子バッファの実現により、多様な回路構成において光子の同期が容易になるため、集積化量子光回路の大規模化が可能となる。また、量子バッファの保持時間を変化させることにより、遂行したい量子計算タスクにあわせて回路を再構成可能な集積化量子光回路を実現できる。
また一方で、今回の結合ナノ共振器は、1.5μm光通信波長帯の限られた帯域の光子に対してのみスローライト媒質として動作する。そのため、実験では光ファイバ中の自然放出四光波混合を用いて1.5μm帯の量子相関・量子もつれ光子対を発生させ、測定に利用した。さらに、測定には光子パルスを高いS/N比かつ高い時間分解能で検出することのできる超伝導単一光子検出器を用いた。この測定にあたっては、同所で培ってきた最先端の光通信波長帯における量子光学測定技術により、従来は困難だった単一光子の高時間分解能測定が可能になり、かつバッファにおいて光子の量子もつれ状態が保持されていることを実証することができたという。
シリコンフォトニック結晶結合ナノ共振器。一次元状に配置された400個の高閉じ込めナノ共振器により構成されている。各ナノ共振器は、光パルスを減衰させる能力に優れており、これらを多数結合することにより、光子パルスの形状を保持したままパルス伝搬速度を減衰することができる |
作製した量子バッファの動作確認実験では、2光子の発生時刻に相関のある量子相関光子対パルス(パルス幅20ps)の一方の光子パルスを結合ナノ共振器中で伝搬させた後、2光子の時間相関を測定した。この結果、2光子が発生時刻の相関を保ったまま、一方で150psが保持されたことを確認した。さらに、結合ナノ共振器の温度を変化させることにより、保持時間を50psにわたり変化可能であることを実証。加えて、量子もつれ光子対の一方の光子を結合ナノ共振器中で伝搬させた後にも、2光子の間の量子もつれ状態が忠実に保持されることを確認したという。
今後は、今回の量子バッファに加え、導波路上に集積化した高効率光子検出器の作製を行う。さらに、量子もつれ光子対源、光子検出器、光子干渉回路などを光導波路上に実装した集積化量子光回路を構築し、光子を基本素子とした量子コンピュータの実現に向けた要素技術の研究を進めていくとコメントしている。