東北大学は11月11日、有機薄膜太陽電池において、有機半導体の結晶性が高いと光エネルギーで励起した電荷が高速移動し、損失が抑制されることを計算機シミュレーションによって解明したと発表した。
同成果は、同大 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の田村宏之助教らによるもの。独ゲーテ大学と共同で行われた。詳細は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
有機薄膜太陽電池の変換効率は10%程度と、シリコン系太陽電池の20%程度と比べ小さい値に留まっている。有機薄膜太陽電池は、導電性高分子などのドナーと呼ばれる分子が、光エネルギーを吸収し励起子と呼ばれる高エネルギー状態をつくる。この励起子からアクセプターと呼ばれるフラーレン分子に高エネルギー電子が移動し、ドナー分子にはプラス電荷を持った正孔が残される。さらに、この電子と正孔が電極へ輸送されることで電流が流れる。現在、様々な研究グループが変換効率の向上を目指して、材料やデバイスの改良に取り組んでいるが、光電変換のメカニズムは解明されていない部分がまだ多い。
有機分子のような誘電率が低い材料では、電子と正孔が静電引力でドナーとアクセプターの接合界面にトラップされやすい傾向がある。界面にトラップされた電子-正孔ペアが再結合して光を吸収する前の安定状態に落ちてしまうと、フリー電荷の生成が妨げられる。このため、界面での電子-正孔のダイナミックスは、光電変換効率を決定する重要なステップと考えられる。導電性高分子とフラーレンから作られた有機薄膜太陽電池の時間分解分光による実験では、条件によっては10兆分の1秒という超高速なフリー電荷の生成が観察される。しかし、静電引力に打ち勝ってフリー電荷が生成するメカニズムはこれまで未解明だった。
今回の研究では、有機薄膜太陽電池のドナー/アクセプター界面で、光エネルギーを吸収した励起子が、電子と正孔に分離しフリー電荷が生成するダイナミックスを、量子力学に基づいた計算機シミュレーションで解析した。まず、導電性高分子とフラーレンから成るドナー/アクセプター界面の凝集構造が、電子-正孔分離の静電障壁に与える影響を調べた。その結果、フラーレンの結晶性が高い界面では、構造の乱れた界面より電子が多分子に拡がることで、静電障壁が下がることが分かった。結晶性の高い界面をモデル化したシミュレーションでは、10兆分の1秒という超高速でフリー電荷が生成し、構造の乱れた界面よりもフリー電荷の収率が遥かに向上するという。
また、光励起エネルギーが熱として失われる前に、電子-正孔が静電障壁を超えて分離するホット励起子機構がフリー電荷の生成を促進していることを明らかにした。光を吸収した高エネルギー電子が、ドナー分子にある場合とアクセプター分子にある場合のポテンシャル差は、バンドオフセットと呼ばれる。ドナーからアクセプターへ電子が移動するためには、バンドオフセットはある程度大きい必要がある。一方、有機薄膜太陽電池の光電変換効率を高めるためには、太陽光の長波長成分(低エネルギー成分)を効率的に吸収すること、および出力電圧を高めるという要件を同時に満たす必要がある。この観点から、バンドオフセットは最小限の大きさが望ましいと考えられる。つまり、今回の結果は、界面の結晶性を高めて電子-正孔分離の静電障壁を下げることによって、最小限のバンドオフセットでフリー電荷が効率的に生成することを示しているとした。
今回の研究により、有機薄膜太陽電池で重要な役割を果たす2つの効果を明らかにした。1つは、ドナー/アクセプター界面の結晶性が高い部分では電荷が多分子に拡がりやすく、電子-正孔分離の静電障壁が下がること。もう1つは、光エネルギーが熱として失われる前にフリー電荷が生成(ホット励起子機構)することである。
今回の研究で解明された効果は、様々な光電変換系で成り立つと考えられる。今回のような計算機シミュレーションは、実際の有機薄膜太陽電池では観測が難しい光電変換機構の理解を助け、太陽電池の材料をデザインする際の有力な手段になっていくことが期待されるとコメントしている。