情報通信研究機構(NICT)は11月5日、通信波長帯でシステム検出効率80%以上の高い光感度を有する超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)を開発したと発表した。

詳細の一部は、米国科学誌「Optics Express」に掲載された。

超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)。機械式冷凍機(銀色の筒の内部)に搭載

現在、高性能な光子検出器に対するニーズが高まっている。量子暗号通信や量子光学、微弱光通信、レーザ測距技術、蛍光測定など、さまざまな分野で光子を高効率で捕捉し、高計数率、低ノイズ、低ジッタ(時間揺らぎが小さい)で検出することが求められている。これまでは、半導体光子検出器であるAPDが広く用いられてきたが、アフターパルスと呼ばれる現象がシステム性能の向上を阻む要因となっていた。一方、SSPDは、アフターパルスがなく、低ノイズ、低ジッタという特徴を有するため、量子暗号通信などに利用され始めており、さらなる検出効率や計数率の向上が求められていた。これまで、NICTが開発したSSPDは、通信波長帯(1550nm)において20~30%のシステム検出効率だった。

今回、開発したSSPDは従来の約3倍となる検出効率80%を達成した。新たに、ダブルサイドキャビティ構造を採用し、光を超伝導ナノワイヤ近傍に閉じこめることで実現した。

(左)従来構造と、(右)新たに採用したダブルサイドキャビティ構造。従来構造では、超伝導ナノワイヤの隙間を通過したことで検出されなかった光子は、上部の金属層で1回しか反射しない構造だった。ダブルサイドキャビティ構造では、上部金属層で反射した光子が熱酸化膜とシリコン(Si)基板界面で再び反射されることで、基板裏側から入射した光子を超伝導ナノワイヤで高効率に検出することが可能となった。また、今回ダブルサイドキャビティの構造を実現するために、従来のMgO基板に替わり、表面に熱酸化膜を持つシリコン基板上に、厚さ10nm以下の超伝導窒化ニオブ系薄膜からなるナノワイヤを作製し、さらに上部に光反射層を設けた。超伝導窒化ニオブ系薄膜は、NbN(窒化ニオブ)やNbTiN(窒化ニオブチタン)といった超伝導材料で、Nb(ニオブ)の9K(-264℃)よりも高い16K(-257℃)程度の超伝導転移温度を持ち、Nbよりも表面が酸化しにくく、10nm以下の極薄膜でも超伝導特性を示す

基板材料を変更したことで超伝導ナノワイヤの特性均一性が改善したことも、今回の検出効率の向上に大きく寄与しているという。このSSPDは、光子の高い検出効率に加え、40カウント/秒の低暗計数率という低ノイズ、68ピコ秒という低ジッタも実現している。

開発したSSPDのシステム検出効率、暗計数率のバイアス電流依存性とFWHMジッタ。(左)超伝導ナノワイヤにバイアスする電流値を増やすほどシステム検出効率は向上するが、同時に暗計数が増加する。今回のSSPDは、暗計数を40カウント/秒と低く抑えたバイアス値でも80%のシステム検出効率が得られる。(右)SSPDの応答時間の時間揺らぎ(ジッタ)を時間相関光子計数モジュールにより計測した結果で、カウント数が最大値の半分になる時間幅(FWHM)をジッタと定義する。今回開発したSSPDのジッタとして68ピコ秒が得られた

さらに、ダブルサイドキャビティ構造では、超伝導ナノワイヤが素子全体に占める面積比率(フィリングファクタ)を従来の半分以下にしても、光吸収効率に大きな低下がないことが新たに見いだされた。フィリングファクタを低下させることで、より高速な光検出応答が可能となり、高検出効率と従来の2.8倍に相当する70MHz(光子検出7000万個/秒)の最大計数率を実現できたとしている。

システム検出効率と最大計数率のフィリングファクタ依存性。(左)フィリングファクタが50%から20%に低下したことより、受光面積に占める光吸収層(超伝導ナノワイヤ)の面積が疎になるにもかかわらず、システム検出効率が70%程度と大幅な低下がないことが分かる。(右)最大計数率は、SSPDからの出力電圧パルスの減衰時間の逆数で定義している。フィリングファクタの低下により、SSPDからの出力電圧パルスの減衰時間が短くなり、最大計数率が25MHzから2.8倍の70MHzへと大きく改善していることが分かる

今回開発したSSPDは、InGaAs APDに対し、性能指数で1440倍(=91/0.063)もの優位性を示している。また、高価かつ取り扱いが難しい液体ヘリウムを必要としない、小型機械式冷凍機で冷却できるため、長時間の連続運転も可能となっている。

InGaAs APDと今回開発したSSPDとの性能比較

今回、通信波長帯(1550nm)で80%以上の検出効率を達成したが、光子のエネルギーが大きい短波長領域ほど高い検出効率を達成する上で有利となる。キャビティ構造の最適化により、1μm以下の波長領域においても、現在広く使われているAPDなどの光子検出器の性能を大きく凌駕できると考えられる。また、これまでは量子暗号通信での利用が中心だったが、今後は、こうした新たな波長領域、様々な分野において、SSPDが幅広く利用されることが期待できるとコメントしている。