京都大学(京大)は11月1日、神経幹細胞の多分化能と細胞分化制御において、分化運命決定因子が周期的に発現していることが重要であることを発見し、同知見をもとに、マウスの神経幹細胞の増殖と神経細胞への分化を、光照射にて人工的に制御する技術を開発したと発表した。

同成果は、同大 ウイルス研究所教授/物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の影山龍一郎 教授、同 ウイルス研究所の今吉格 特定准教授(白眉センター所属)、磯村彰宏 同研究員らによるオンライン版に掲載された。

神経幹細胞は、自己複製を行うことができ、かつ脳を構成する主要な3種類の細胞(ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を生み出す多分化能を持っているが、そうした自己複製と多分化能という異なる2つの能力をどのようなメカニズムで保持しているのか、また、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトをどうやって選択して分化していく(細胞分化運命決定)のか、についてもよく分かっていなかった。

神経幹細胞は、自己複製を行うことができ、かつ多分化能を持つ

特にこれまでの研究から、神経幹細胞の自己複製と細胞分化はbHLH型転写因子によって制御されていること、ならびに神経幹細胞の未分化性の維持とアストロサイト分化を制御する「Hes1」、ニューロン分化を制御する「Ascl1」、オリゴデンドロサイト分化を制御する「Olig2」という3種類のbHLH型転写因子が重要な働きを担っていることが報告されていたが、Hes1がどのようなメカニズムで幹細胞の未分化性維持とアストロサイト分化という相反する2つの機能を発揮するのかについてはよく分かっていなかったほか、Ascl1やOlig2は神経幹細胞の増殖・維持にも重要であることが知られているものの、そうした相反する機能がどうやって制御されているかが不明であったことから、今回の研究では、ホタルの発光タンパク質「ルシフェラーゼ」とbHLH型転写因子の融合タンパク質が発現するような遺伝子改変マウスを作製し、bHLH型転写因子の発現動態解析を実施したという。また併せて、Hes1、Ascl1、Olig2の3種類のbHLH型転写因子について、ルシフェラーゼとの融合タンパク質の発現動態の観察・解析も行ったという。

顕微鏡システムや画像解析法の活用により、単一細胞レベルでbHLH型転写因子タンパク質のリアルタイムイメージングを行った結果、神経幹細胞においてHes1、Ascl1タンパク質は2~3時間周期で、Olig2タンパク質は5~8時間周期で周期的に発現(発現振動)していることが確認されたとするほか、Hes1、Ascl1、Olig2のいずれかを欠損した神経幹細胞では細胞増殖が減少していることも確認されたことから、bHLH型転写因子が発現振動を繰り返すことで神経幹細胞の細胞分裂を促進することが示唆されたという。

自己複製する神経幹細胞において、Hes1、Ascl1、およびOlig2の発現は発現振動する

次に、神経幹細胞に細胞分化を誘導して、Hes1、Ascl1、Olig2タンパク質の発現動態をリアルタイムイメージングを用いて解析したところ、ニューロン分化の際にはAscl1が、アストロサイト分化の際にはHes1が、オリゴデンドロサイト分化の際にはOlig2がそれぞれ蓄積することが判明したほか、神経幹細胞からどれかの細胞種に分化運命決定が行われる際には、発現振動を繰り返していたHes1、Ascl1、Olig2タンパク質のどれか1種類の発現レベルが上昇し、他の2種類のタンパク質の発現が消失することが確認された。

神経幹細胞から分化運命決定が行われる際には、発現振動を繰り返していたHes1、Ascl1、Olig2タンパク質のどれか1種類の発現レベルが上昇し、他の2種類のタンパク質の発現が消失する

これらの知見からは、各細胞分化決定因子が神経幹細胞にもすでに発現しており、発現振動を繰り返すことで神経幹細胞の増殖を促進することが示されたほか、細胞分化誘導時にはどれか1種類のbHLH因子の発現が上昇し、細胞分化を促進することが示されたことから、神経幹細胞は、複数の細胞分化決定因子をオシレーションさせることで、多分化能を備えつつも未分化性を保持して自身のコピーを作る(自己複製する)仕組みを有していると考えられるという結論を得たという。

これは、同一因子が発現動態を変えることで神経幹細胞の増殖を活性化したり、特定の種類の細胞に分化誘導することができる可能性を示すものであったことから、研究グループでは、さらなる研究として、光応答性の転写因子であるGAVPOのコドンをヒト化したhGAVPOを用いて、光照射依存的にAscl1の発現動態を人工的にコントロールできる実験系を開発。

光応答性の転写因子hGAVPOを用いたAscl1の人工的発現誘導系。hGAVPOは青色光の照射により2量体を形成し、UASの下流に配置したAscl1の発現を誘導する

具体的には、3時間ごとに神経幹細胞に青色光を照射することでAscl1のオシレーションを、30分ごとに青色光を照射することでAscl1の蓄積を神経幹細胞に誘導するというもので、Ascl1の3時間周期の発現振動を誘導したところ、細胞増殖(自己複製)が促進されたほか、Ascl1の蓄積を誘導したところ、ニューロン分化が誘導されることが確認されたとのことで、これにより従来用いられてきた外来性のタンパク質や化合物を投与することなく、青色光の照射パターンを変えるだけで、神経幹細胞の増殖やニューロン分化を自在にコントロールすることができることが示されたこととなった。

光遺伝学的発現操作技術を用いて、Ascl1を3時間周期で発現振動(オシレーション)させたところ、細胞増殖が促進された。一方、Ascl1を蓄積発現させたところ、ニューロン分化が誘導された

研究グループでは同技術について、今後の再生医療研究に貢献することが期待されるとコメントするほか、光照射による神経幹細胞の増殖・分化を制御する実験技術は、マウス脳内の神経幹細胞にも適応できる可能性があり、今後の実用化に向けて開発を推進したいとの考えを示している。また、Hes1タンパク質は、神経幹細胞だけではなく、万能細胞(ES細胞、iPS細胞)や造血幹細胞、皮膚幹細胞などほとんどの幹細胞で発現が確認されていることから、今回の細胞分化決定因子の発現振動による制御機構は、そうしたほかの種類の幹細胞においても普遍的に使用されているメカニズムであると考えられ、幹細胞研究全体への幅広い波及効果が予想されるとしている。