東京大学は10月24日、南米チリのアルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)を用いて、銀河「NGC1097」の中心にある、活動的な超巨大ブラックホール周辺の高密度分子ガスを、過去最高の感度で詳細に観測することに成功したと発表した。

成果は、東大大学院 理学系研究科 天文学専攻 修士2年の泉拓磨氏、同・河野孝太郎教授らを中心とする国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月24日付けで日本天文学会誌「Publication of the Astronomical Society of Japan」オンライン版に掲載された。

近年の観測研究の発展により、多くの銀河の中心部には超巨大ブラックホールが存在することが明らかにされつつあるが(厳密には直接観測に成功してはいないが、間接的な証拠からほぼ存在すると考えられている)、一体どのようにして、太陽質量(約1.989×1030kg、地球質量の約33万3000倍)の100万倍から10億倍という、とてつもなく重たいブラックホールが形成されるのか、その仕組みはわかっていない。我々の天の川銀河の中心にも超巨大ブラックホールは存在しており、10億倍に比べたらかわいいものだが、太陽質量の400万倍と見積もられている。このような巨大ブラックホールが形成される仕組みを解明することは、現代天文学の最重要課題の1つだ。

超巨大ブラックホールの質量は、その銀河の中心部の膨らんだ部分である「バルジ」の質量にほぼ比例することが示されている。すなわち、重い銀河ほど重いブラックホールを持つというわけだ。銀河のバルジは、ほかの銀河との合体・衝突を通じて成長するとされており、その過程の中で、大量の星間物質が銀河中心に流れ込み、それがブラックホールを成長させると考えられている。

従って、こうした銀河とブラックホールの「共進化」を調べるには、宇宙の過去から現在までにわたってブラックホールの質量や、その"エサ"となる周囲の星間物質の様子を調べることが重要だ。しかし、そのためにはまず、銀河の中心部にブラックホールが存在するかどうかを観測的に判定しなければならない。

「ブラックホール探査法」は、これまで可視光や赤外線の分野で数多く提案されてきたが、これらの波長帯の光は宇宙空間に漂う塵に吸収されてしまうという決定的な難点があった。しかも、ブラックホールや星の形成などは、活発なものほど多くの塵を伴う傾向にあり、要は従来の探査法では進化の段階において最も活発な時期にあるブラックホールを探し出すことは難しかったのである。

そこで研究チームが目指しているのが、波長数mmの「ミリ波」および波長0.1~1mmの「サブミリ波」で観測される、さまざまな分子や原子からの放射を基にした探査法の確立だ。ミリ波サブミリ波帯は、星間物質、特に低温の高密度ガスを観測する上で最も基本的かつ重要な波長帯であり、塵による吸収を受けないという非常にユニークな性質を持っているので、銀河中心部の観測に非常に適している。また、近年の星間化学モデルの発展により、銀河におけるさまざまな活動現象(超巨大ブラックホールや爆発的星形成)は、それぞれ特徴的な影響を星間物質に与えることが予測されるようになってきた。従って、こうした影響の違いを逆手に取って利用することで、個々の現象を特定しようというアイディアである。

新手法の開発ならびに検証には、素性のよくわからない遠方銀河を用いるよりも、まずは空間的に分解して性質を詳しく調べられる近傍銀河を研究する方が有効だ。そこで研究チームは、ろ座の方向に地球から約4500~5000万光年の距離にあるNGC1097において、「シアン化水素(HCN)」、「ホルミルイオン(HCO+)」、「硫化炭素(CS)」といった分子の放つミリ波サブミリ波帯の電波である「分子輝線」をアルマ望遠鏡で観測した。

なお分子輝線とは、分子のエネルギー状態に関係する。分子のエネルギー状態は量子力学により記述され、とびとびの準位を持つ。あるエネルギー状態が別のエネルギー状態に遷移する時に、その準位差に相当するエネルギーの電磁波を放出(輝線)または吸収(吸収線)する。分子輝線とは、こうした分子の放つ輝線のことをいう。電波領域では、主に分子の回転状態の変化に伴う輝線(回転遷移線)が観測され、その周波数は分子ごとに異なる。逆に観測されたスペクトルの周波数から分子を同定することも可能というわけだ。

NGC1097は先行研究から中心部に活動的な超巨大ブラックホールが存在することがわかっており、さらに、上記の分子が放つ分子輝線は銀河中心部のような高密度領域を観測するのに適したものとなっている。

今回の観測は総観測時間が約2時間と、比較的短い観測だった。ただし、ブラックホールの周辺150光年にまで迫る1.5秒角という高い解像度が達成され、またノイズの少ない非常に高品質なデータを取得することに成功したのである。画像1はアルマ望遠鏡で観測したこの銀河中心における半径2100光年の領域を撮影した画像で、画像2と3が中心地点でのスペクトルを示したものだ。

画像1(左):(左)今回観測したNGC1097の光学写真。(右)NGC1097の中心領域(半径2100光年)をアルマ望遠鏡を用いてサブミリ波で観測した結果(疑似カラー表示)。リング状に存在する爆発的星形成領域と、中心のブラックホール近傍に存在する塵の放射が描き出されている。中心の星印は近赤外線放射(主に星形成活動を反映)のピーク位置が、十字は波長6cmの電波放射(活動的な巨大ブラックホール領域からの放射)のピーク位置が示されている。アルマ望遠鏡で観測したサブミリ波放射のピークと、6cm電波放射のピークはよく一致しており、正確にブラックホール周辺領域からの放射を観測できていることがわかるという。 画像2(中)・画像3(右):アルマ望遠鏡で得たサブミリ波放射のピーク地点で採取されたスペクトル。横軸が周波数、縦軸が電波強度を示す。シアン化水素(HCN)やホルミルイオン(HCO+)、一酸化炭素分子(CO)からの強い放射が検出されたが、硫化炭素分子(CS)から期待される周波数には信号が検出されなかった

広い周波数範囲のスペクトルを取ると、色々な分子輝線の強度の比を取ることができる。今回の研究では、このスペクトルにおいてはHCNの強度がHCO+やCSに比べて大きいことが注目された。これは、より低い周波数(ミリ波帯)における巨大ブラックホール周辺環境の観測研究でも報告されている現象だ。

ミリ波帯の輝線に比べて、サブミリ波帯の輝線はより高温高密度の領域を観測でき、要するによりブラックホール周辺の環境を観測できると考えられている。それにより、今回の研究でも先行研究と同様の結果が得られたことはその妥当性を裏付けるものとなっているという。

次に、この傾向がほかの銀河でも見られるか、文献での調査が行われた。その結果をまとめたのが画像4、観測された分子輝線を用いて作成した銀河のエネルギー源診断図だ。観測サンプルは、赤が活動銀河(巨大ブラックホールがエネルギー源)、青が爆発的星形成銀河、緑が高光度赤外線銀河を示す。

まだまだ天体数は少ないものの、この図から、活動的な巨大ブラックホールの影響が強い銀河(赤)ほど、HCN/HCO+強度比とHCN/CS強度比は大きくなる(画像中では右上にくる)ことがわかった。従って、この図を用いて銀河中心の活動現象の種類を判定できると期待されるという。なお、NGC4418はさまざまな波長で非常に特異な性質を示す銀河で、今後さらなる詳細観測が必要とするとしている。

また画像5は、NGC1097中心核近傍の想像図だ。超巨大ブラックホールから吹き出るジェットによる衝撃波で加熱された周囲の分子ガス雲の中で、シアン化水素分子の大量生成が促進されている様子が描かれている。

画像4(左):観測された分子輝線を用いて作成した銀河のエネルギー源診断図。 画像5(右):NGC1097中心核近傍の想像図

この新判定法にはサブミリ波帯の分子輝線が用いられているが、輝線の周波数は、天体が遠くになればなるほど赤方偏移の効果で低くなる仕組みだ。しかしアルマ望遠鏡は、今回の観測(サブミリ波帯)よりも低い周波数帯(ミリ波帯)も充分観測可能なので、この判定手法なら約100億光年彼方の天体まで適用可能であり、遠方銀河の探査が飛躍的に進むであろう今後のアルマ時代にうってつけの観測手法だという。

また、観測されたさまざまな分子輝線を用いた詳細な解析を行うことで、単なる輝線強度の議論からさらに踏み込み、輝線を出す領域の温度や密度、化学組成といった物理化学的な量がどうなっているのかも調べられた。その結果、これらの分子輝線は高温(数100度)高密度(1立方cmあたりに水素分子が1万個から100万個程度存在)の領域から放たれており、そこではHCN分子が活発に生成されていることが判明したのである。

ここで示されたような高温状態を銀河中心の数100光年の領域にわたって達成することは、一般的な星形成活動では難しい。よって、巨大ブラックホールの影響を反映しているものと示唆されるという。特に、今回観測したNGC1097においては、ブラックホールから吹き出るジェットによる衝撃波加熱の影響が強く示唆されている。こうした高温環境でHCN分子が大量生成されることは、近年の星間化学モデルともよく合致する結果だ。このように、アルマ望遠鏡の高い性能により、理論と観測の結果の直接比較も可能となりつつあることも、今回の研究で示すことができたとしている。

今後は観測天体数を増やして今回の新手法の確立を目指すと共に、アルマ望遠鏡によるさらに詳細な高密度ガスの観測を行うことで、可視光や赤外線観測では全貌を解き明かせない、塵に覆われた真のブラックホール成長史を明らかにしていく予定とした。