慶応義塾大学(慶応大)は10月21日、糖尿病性腎症(糖尿病による腎障害)の新しい発症メカニズムの解明に成功したと発表した。

同成果は、同大医学部内科学教室(腎臓内分泌代謝)の長谷川一宏 助教、脇野修 専任講師、伊藤裕 教授、米国・マサチューセッツ工科大学のLeonard Guarente教授らによるもの。詳細は、「Nature Medicine」オンライン版に掲載された。

糖尿病の国内患者数は約1000万人と推定されており、糖尿病から生じる腎臓の障害(糖尿病性腎症)は透析導入の最大の原因となっていることから、その撲滅が医学界の課題となっている。

腎臓は、尿を作り体の中の老廃物や余分な水分を排泄する働きを持っているが、そうした尿を作る場所は、腎臓に流れ込む血液が毛細血管のかたまりとして糸くずのような構造となり、濾過器に似た働きをしている「糸球体」という部分であり、もし濾過器の網の目が詰まれば尿は生成されなくなり、逆に目が粗くなれば、体のタンパク質が素通りし減少していくこととなる。また、腎臓にはこの濾過器で濾し取られた尿のもと(原尿)が通る尿細管という部分があり、そこで必要な物質を再吸収したり、老廃物をさらに原尿の中に排泄したりする仕組みとなっている。

腎臓の構造

糖尿病になると、体の臓器で糖分が利用されなくなり、高血糖をきたして血管にダメージを与えることとなる。糸球体も例外ではなく、正常なら濾過されない血液中のタンパクが素通りして排出される(タンパク尿)ようになり、これが尿細管を痛めつけることが知られていることから、これまで糖尿病性腎症は、糸球体障害として捉えられ、糖尿病性腎症の研究は糸球体の障害のメカニズムを中心に行われてきた。

糖尿病性腎症におけるタンパク尿。糖尿病性腎症では、糸球体のザルの穴が広がり、タンパクが血中から尿中へ漏れ出ることとなる

しかし、そうした研究成果による治療は一定の成果(アンジオテンシン受容体拮抗薬の応用)を挙げてきたものの、消滅には至っていなかったことから、今回、研究グループは、他にも病気の原因があると考え、糖尿病が、栄養素である糖分、脂肪分を利用してエネルギーをつくりだす「代謝」の異常であることに注目し、腎臓の細胞で最も代謝が活発な尿細管が真っ先に障害を受けるのではないかと考えて調査を行った。

具体的には、多くの生命体でカロリー制限により寿命を延長させることができる原因の遺伝子「長寿遺伝子サーチュイン(Sirt1)」がカロリー制限することで、腎臓でもSirt1 の発現は増加することや、尿細管での意義に注目した研究を行ったところ、糖尿病では、カロリー制限した場合とは逆にSirt1のレベルが、糸球体障害が生じる前の時点からすでに尿細管で低下していることを発見したほか、Sirt1のレベルの低下が細胞の中でエネルギーの状態を調節する役割を果たす「ニコチン酸」という物質の代謝を障害することを見出したという。

こで、さらに研究を行ったところ、ニコチン酸のうち、「ニコチン酸モノヌクレオチド(NMN)」という物質が尿細管から糸球体に放出されることを見出し、その放出が糖尿病では低下していることを発見。この結果、NMNの放出レベルが減ると、糸球体のふるいを構成する「足細胞」という細胞の機能に異常が生じ、足細胞のSirt1の発現が低下し、ふるいを構成するタンパクの1つ「クラウディン-1(Claudin-1)」の発現が上昇し、ふるいが障害されタンパク尿が出現するという一連の病気の流れが判明したとする。この連関について研究グループは、「尿細管-糸球体連関」と名づけたという。

糖尿病性腎症における尿細管-糸球体連関の破綻。糖尿病では、尿細管のSirt1を低下させ、ニコチン酸の1つNMNの放出を妨げ、糸球体のSirt1の低下を引き起こす

糸球体におけるSirt1低下がもたらす影響。糖尿病では、尿細管から糸球体へ波及したSirt1低下がClaudin-1という普段、糸球体には存在しない細胞間の結合を調節するタンパクの上昇をもたらし、タンパクが血中から尿中へ漏れ出る(タンパク尿が出現する)

これまで糖尿病性腎症の早期診断としてアルブミン尿(微量のタンパク尿)の検出が多く使われてきたが、これは糸球体の障害を早期に検出する方法であり、今回の研究結果は、アルブミン尿が出る前からすでに尿細管ではエネルギー代謝の失調を起こし、糸球体障害を招いていることを明らかにしたものとなることから、尿中のNMN の低下やClaudin-1の上昇レベルを測定することで糖尿病性腎症の早期の診断が可能になるかもしれないと研究グループでは説明しているほか、この連関の断絶を修復する、例えばカロリー制限や運動をすることで腎臓のSirt1の働きを活発にすることや、NMNを補充するといった新しい治療が有効である可能性が示されたとしており、今後、さらに研究を進めていくことで、糖尿病性腎臓症を発症させない、超早期診断を可能とする新たな治療法の開発にもつながることが期待されるとしている。

今後の治療への展開。糖尿病の腎臓で低下したSirt1を活性化することや欠乏したNMNを補充することなどの治療が有効である可能性がでてきた