国立天文台は10月16日、2つの国際研究チームが、チリのアルマ(ALMA)望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)を用いて、近傍の棒渦巻銀河「NGC1433」の中心にあって比較的穏やかな活動をしているブラックホールと、非常に遠方で激しい活動をしているブラックホール「PKS1830-211」の2つの噴き出すジェットを観測し、その結果発表を行った。

研究の詳細な内容は、日本時間10月16日に発行された天文学専門誌「Astronomy and Astrophysics」に掲載された。

我々の天の川銀河を含め、ほぼすべての銀河の中心には太陽質量の100万倍から数10億倍にまで達する膨大な質量を持つ超大質量ブラックホールがある(天の川銀河の中心に座する巨大ブラックホール「いて座A*(エースター)」は、太陽質量の400万倍と見積もられている)。

遠い昔には、これらのブラックホールは周囲の星間物質を大量に吸い込み、高温になったガスが明るく輝くと共に一部のガスをジェットとして激しく噴き出すなど、活発な活動を見せていた。しかし現在では、ほとんどの超大質量ブラックホールにおいてガスを吸い込むペースは落ちており、昔ほどの活発さはない。しかし、今でもジェットは周囲のガスと相互作用を続けており、銀河の進化に影響を与えているという。

パリ天文台のフランソワーズ・コムズ氏を中心とする研究チームがアルマ望遠鏡を使って観察したのが、とけい座の方向3000万年にある棒渦巻銀河のNGC1433だ。その中心部に分子ガスの渦巻き構造があることを確認したのである。この小さな渦巻きは、ブラックホールにどのようにして物質が流れ込んでいくかを示しているという。また今回の発見はアルマ望遠鏡の高い解像度によるところが大きく、長さはわずか150光年の小さなジェットだという。このジェットは、銀河の中心で見つかっている分子ガスジェットとしてはこれまでで最も小さいものだとしている。

画像1がそのNGC143である。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した同銀河と、その中心部のクローズアップだ(青:ハッブル宇宙望遠鏡、赤・黄:アルマ望遠鏡)。棒渦巻銀河の中心にさらに小さな渦巻があり、この中で渦巻く分子ガスの分布がアルマ望遠鏡でとらえられたのである。

画像1。NGC1433と中心部のクローズアップ。(c)ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/NASA/ESA/F.Combes

なお分子ガスは星の材料なので、ジェットの形で分子ガスが銀河の中心部から持ち去られることによって、その周囲での星の形成が抑制されてしまうという。今回、さほど活発な活動を見せていないブラックホールからも分子ガスジェットが見つかったことで、ブラックホールが銀河の進化に与える影響の一端が明らかになった形だ。

このブラックホールが銀河の進化に対する影響は、「ブラックホールのフィードバック」と呼ばれる過程で、銀河中心のブラックホールの質量とそれを取り囲む銀河の「バルジ」の質量に相関があるとされる謎に迫る手がかりと考えられている。ちなみにブラックホールがより多くのガスを吸い込み活動的になると、ジェットが噴出して周囲のガスを巻き込み、銀河の外に放出していく。こうなると、星の材料がなくなってしまうため、バルジにおける星の形成が止まってしまうのである。

そしてもう1つは、ウェーデン・チャルマース技術大学オンサラ天文台のイヴァン・マルティ-ヴィダル氏を中心とする研究チームによって観測された、PKS1830-211だ(画像2)。PKS1830-211の「赤方偏移」は2.5であり、これはこの天体から出た光が110億年ほどかけて地球に届いているということを示す(この瞬間にも猛烈な勢いで地球から遠ざかりつつある)。

宇宙の年齢が137~138億年とされている中、PKS1830-211の光が110億年前に発したということは、その光は宇宙が誕生してから20億年と経たない非常に「若い」宇宙からやってきた光というわけだ。そんな遠方にあるPKS1830-211にも関わらず、アルマ望遠鏡はそのブラックホールから噴き出すジェットを観測したことから、その解像度の高さをうかがい知れるというものである。ただし、このジェットは初期宇宙に存在したものと比べても非常に明るいものだという。

画像2は、アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で撮影したPKS1830-211の周辺。赤色で表示された中央の天体がアルマ望遠鏡で観測されたPKS1830-211で、重力レンズ効果によって2つの像が見えている。

画像2。PKS1830-211の周辺。(c) ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/NASA/ESA/I.Martí-Vidal

ちなみに超巨大ブラックホールが吸い込む星間物質の量は常に一定ではなく、変動している。非常に大量の物質を吸い込む時には、ブラックホールから噴き出すジェットもそれに比例して強力なものとなり、出てくる電磁波も非常に高いエネルギーを持つ。アルマ望遠鏡は、PKS1830-211がこうした活発な状態にある様子を偶然とらえたことになるのである。

つまり、今回のアルマ望遠鏡の観測では、運よく「消化不良」な状態にあるブラックホールの観測をすることに成功したというわけだ。マルティ-ヴィダル氏らの研究チームはこのPKS1830-211を別の目的で観測していたそうだが、約2箇月にわたった4回の観測の中で、わずかに電波強度とその周波数依存性が変わっていることが発見されたのである。

共同研究者であるセバスチャン・ミュラー氏によれば、そうした変化はまったくの予想外だったそうだが、注意深く検討した結果、ブラックホール近傍にあるジェットの根元に大量の物質が入っていったまさにその瞬間を見ている、という結論に達したという。

研究チームは、この現象がほかの望遠鏡でも観測されていないかも確認。その結果、ガンマ線観測衛星「フェルミ」がはっきりその兆候をとらえていることが確かめられた。アルマ望遠鏡で観測された波長の長い電波の強度増をもたらした現象が、最も高エネルギーな電磁波であるガンマ線の強度も劇的に増大させていたことになる。なお、ブラックホールジェットから発せられるガンマ線とサブミリ波で、これほどはっきりと相関が見られたのは今回が初めてだそうである。

下の動画は、ブラックホール近傍における電波強度が変化する様子を観測に基づいて表現したもの。オレンジ色は、重力レンズ効果で2本に分かれて歪んで見えるブラックホールからのジェットを表す。アルマ望遠鏡で観測された、ジェットの根元の電波強度が周波数によって時間と共に変わっていく様子を、緑・青・赤で表している。白色の明滅はガンマ線の強度変化を示す。

ブラックホール近傍における電波強度が変化する様子を観測に基づいて表現したもの。(c)ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/I.Martí-Vidal/MERLIN(University of Manchester,Jodrell Bank Observatory,STFC)

今回取り上げた2つの研究成果は、近傍と遠方の超巨大ブラックホールから噴き出すジェットの観測において、アルマ望遠鏡が確かな1歩を踏み出したということを示すものといえるだろう。現在、コムズ氏のチームは、アルマ望遠鏡を使ってほかの近傍活動銀河の観測も進めている。また、非常に珍しい段階にあるPKS1830-211はアルマ望遠鏡だけでなくそのほかの望遠鏡によるさらなる詳細観測のよいターゲットになることが考えられるとした。

またブラックホールがどのようにしてこれほどのエネルギーを持つジェットを作り上げるのか、まだまだわからないことがたくさんあるが、今回の観測成果から、アルマ望遠鏡がジェットの観測において非常に強力なツールとなることが証明された形である。