京都大学(京大)は10月15日、京都学園大学、東京大学(東大)、医薬基盤研究所(NIBIO)との共同研究により、腸内細菌における脂肪酸代謝の詳細を解明し、その代謝で特徴的に生じる脂肪酸が宿主の脂肪酸組成に影響を与えていることを明らかにしたと発表した。
成果は、京大 農学研究科の小川順教授、同・岸野重信助教、同・大学 微生物科学寄附研究部門の島純特定教授、同・大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の植田和光教授、京都学園大の清水昌教授、東大 薬学系研究科の有田誠准教授、同・新井洋由教授、NIBIOの國澤純プロジェクトリーダー、東大 医科学研究所の清野宏客員教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載される予定だ。
肥満による脂質代謝異常症やメタボリックシンドロームの増加に伴い、脂質の分解・吸収の主な場となる腸管内における脂質代謝に関心が集まっている。また、腸内細菌がヒトの健康に与える影響への関心も高まってきており、腸内細菌における脂質代謝に関する情報の収集が急務となっているところだ。
そこで研究チームは今回、腸内細菌の代表格であり食品産業においても広く活用されている乳酸菌を対象に、未開拓であった腸内細菌の脂質代謝を酵素レベル・遺伝子レベルで明らかにし、その代謝が宿主に与える影響を解析することにしたのである。
実験では漬け物、キムチ、ザワークラウトなどの植物発酵食品中にもよく見られる乳酸菌「Lactobacillus plantarum」を用いて、食用油中に広く含まれる脂肪酸の「リノール酸」がどのように代謝変換されるかが解析された。すると、脂肪酸生合成に見られる不飽和化とは逆の飽和化代謝が進むことが見い出されたのである。
さらに、この飽和化代謝に関わる酵素として複数のタンパク質を同定すると共に、それぞれの酵素反応生成物の化学構造も明らかにされた。それらの結果に基づき、乳酸菌がリノール酸を多段階の反応を経て「オレイン酸」へと飽和化する代謝経路の全容が解明されたのである。
また、この代謝に関わる複数の酵素の遺伝子も特定され、その相同遺伝子の腸内細菌における分布が調べられた。すると、すべての酵素遺伝子を持つものや、部分的に持つものなど、さまざまな菌株が存在していることが判明したのである。腸管内では、相同遺伝子を有する腸内細菌の協調的な作用により、リノール酸に代表される食品由来の不飽和脂肪酸が飽和化されると考えられるという。
この不飽和脂肪酸の飽和化代謝においては、腸管の蠕動運動を活発化するひまし油成分に構造が類似する「水酸化脂肪酸」、トマトの脂質代謝異常改善成分に構造が類似する「オキソ脂肪酸」、乳製品に含まれる抗肥満活性成分に構造が類似する「共役脂肪酸」、発がん抑制作用を有する「部分飽和脂肪酸」など、通常の脂肪酸代謝では生成しない特殊な脂肪酸が中間体として生成されていることが確認された(画像)。
そこで研究チームは、これらの飽和化代謝に特徴的な脂肪酸の組織分布を、腸内細菌を保持するマウスと腸内細菌を保持しない無菌マウスにおいて比較を実施。その結果、初期代謝産物である水酸化脂肪酸が、腸内細菌を保持するマウスにおいて特徴的に多く存在することが見い出されたのである。この結果により、腸内細菌の脂肪酸代謝で特徴的に生じる中間体が、宿主の脂肪酸組成に影響を与えていることが明らかにされた。
前述したように、腸内細菌による脂肪酸の飽和化代謝の中間体には、水酸化脂肪酸、オキソ脂肪酸、共役脂肪酸、部分飽和脂肪酸など、さまざまな生理機能が期待される脂肪酸が存在する。これらの脂肪酸の機能性脂質としての開発が期待されると共に、機能性脂肪酸を腸管内で生成し得る乳酸菌のプロバイオティクスとしての開発も期待されるという。
また、今回見出された腸内細菌の脂質代謝は、反芻動物由来の食品(牛乳、牛肉など)に含まれ健康によいとされる共役脂肪酸、悪いとされるトランス脂肪酸の生成にも関わっている。従って、乳製品中のトランス脂肪酸削減など、脂肪酸組成を制御する技術の開発につながると考えられるという。さらに、この代謝に見出された脂肪酸変換反応は、脂肪酸構造を有する種々の化成品原料の生産にも活用でき、物質生産触媒としての化学工業への応用も期待されるとした(画像)。
研究チームは今後、腸内細菌の脂肪酸代謝に依存して腸管内にて特異的に生成する脂肪酸が、宿主であるヒトの健康にどのような影響を与えるのかを明らかにしていくとする。さらに、健康によい効果が期待される脂肪酸を特異的に産生し得る乳酸菌を選抜し、そのプロバイオティクスとしての有用性を検討するとした。加えて、生活習慣病予防に向け、腸内細菌と食事に由来する脂質の組み合わせに関する新たな指針を探っていくという。また、機能性脂質や化成品の生産に向け、物質生産触媒としての乳酸菌機能開発に取り組んでいくとしている。