東京都医学総合研究所は10月9日、「自分が何をしようとしているのかを忘れない」ための脳の仕組みを発見したと発表した。

同成果は、同研究所の佐賀洋介 研究員(現 フランス国立科学研究センター 研究員)、同 橋本雅史 研究員、同 星英司 副参事研究員らによるもの。詳細は米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

「鶏は三歩歩けば忘れる」と言われているが、ヒトでも「何かをするために歩き始めたけれども途中で忘れてしまった」というような度忘れはしばしば起こるが、こうした例は、行動を正しく完了させるためには「自分が何をしようとしているのかを忘れない」ことが重要であることを示している。こうした機能は「モニタリング機能」と呼ばれ、人間で大きく発達した高次脳機能の一角をなすが、加齢や脳損傷によって高次脳機能に不全が生じると、モニタリング機能にも問題が生じるようになり、行動の目的(ゴール)を途中で忘れてしまうといったことが発生することとなる。

モニタリング機能は、行動の目的を果たすための重要な脳機能ながら、それを支える神経ネットワークは未解明となっていた。そこで今回、研究グループは、同機能を必要とする行動課題を行っているサルから神経活動を記録することで、それを反映する活動を探すといった研究を行った。

具体的には、前頭葉の最前部に位置する前頭前野は、大脳基底核とループ回路を形成しており、こうしたやり取りがさまざまな高次脳機能の達成において重要な役割を果たすと考えられており、中でもゴールを達成するための行動では、動作実行時にこれから達成しようとするゴールを忘れずに保持すること、すなわち行動ゴールをモニタリングすることが必須となるが、これは高次脳機能の重要な要素となるため、研究では前頭前野が大脳基底核と形成するループ回路に注目し、この回路が行動ゴールのモニタリングに関与する可能性の検討が行われた。

前頭前野と大脳基底核をつなくループ回路

実際の実験としては、2つの課題からなる新たな認知行動課題を開発して行われた。1つ目は空間ゴール課題で、2つの物体のうち左ゴールまたは右ゴールに到達することでジュースがもらえるというもの。2つ目は物体ゴール課題で、丸ゴールまたは三角ゴールに到達することで、ジュースがもらえるというものとなっており、ジュースの量は一定時間後に減少しはじめる仕掛けながら、ゴールを切り替えることで元の量のジュースを再び得ることができるというものとなっており、効率的にジュースを得るためには自身で選んだゴールを常にモニタリングし、ジュースの量に応じてゴールを選び分けることが求められるという課題となっている。 実際、サルはジュース量の減少をとらえて速やかに別のゴールを選んでいることが確認され、その結果から、行動ゴールを積極的にモニタリングしていることが示唆されたという。

2つの行動課題の概要

また、サルが課題を行なっている最中に、大脳基底核の出力部である淡蒼球から2種類の細胞活動を記録したところ、1つ目の細胞(細胞1)では空間ゴール課題において、サルが右ゴールと左ゴールを選んだ場合に活動が異なっていることが確認されたほか、2つ目の細胞(細胞2)は、物体ゴール課題において、サルが丸ゴールと三角ゴールを選んだ場合に活動が異なっていることが確認されたという。これについて研究グループでは、こうした活動パターンをもつ細胞は、動作実行時にゴールを反映していると見なされると説明するほか、ゴールを反映する細胞は、大脳基底核のうち前頭前野とつながっている部分に多数見出されたとしている。

基底核の2種類の細胞活動。パネル上部に細胞活動の時点を下部に活動の頻度を示す

これまでの研究から、動作の実行時にゴールを反映する活動は前頭前野にあることが報告されていたが、今回の研究により、その存在が初めて大脳基底核にもあることが示されたこととなった。この発見は、前頭前野が大脳基底核と密接にやりとりすることにより高次脳機能が達成されるという関係性を示すものであり、研究グループでは今後、こうした知見を踏まえて研究を発展させることで、ヒトで高度に発達した高次脳機能の神経基盤を前頭前野と大脳基底核にまたがるネットワーク上のメカニズムとして解明できるようになると期待を示すほか、こうした深い理解が進むことにより、加齢や脳損傷によって高次脳機能の不全が誘発された際に、広い神経ネットワークを視野に入れたかたちでその病態を理解するための貴重な手がかりになるとコメントしている。