東京工業大学(東工大)は10月2日、ホウ素(B)-酸素(O)の多重結合を有する「オキソボリル基(BO)」が3つの「ルテニウム」原子(原子番号44の遷移金属)に架橋した新規な化学結合様式を持つ「オキソボリル架橋遷移金属クラスター」の合成に成功したと発表した。

成果は、東工大大学院 理工学研究科の鈴木寛治教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、9月20日付けで独化学誌「Angewandte Chemie」オンライン版に掲載された。

原子番号5のホウ素は共有結合に寄与する電子を3つ有しており、共有結合により分子を形成すると、ホウ素の周囲に6つの電子が存在する形となる。しかし、一般的に分子が安定な構造を取る場合、元素の周りに8つの電子が必要だ。つまり、ホウ素を含む分子は電子が不足しているということである。

この電子欠損性により、ホウ素化合物は、興味深い構造や反応性を示す。一番利用されているのはホウ酸であり、殺虫剤、医薬品(眼科)、難燃剤、原子力発電におけるウランの核分裂反応の制御などに用いられている。有機合成化学の分野では、「鈴木-宮浦クロスカップリング」(2010年ノーベル化学賞)や「ヒドロホウ素化反応」(ブラウン教授:1979年ノーベル化学賞)などが知られている。

このように多様なホウ素化合物があるが、いずれもホウ素とほかの元素の「単結合(一重結合)」だった。それに対し、ホウ素の未知なる性質を引き出す新しい結合の可能性として考えられているのが、ホウ素-酸素間に多重結合性の相互作用があるオキソボリルである。オキソボリルは、古くから知られている「カルボニル(CO)配位子」(一酸化炭素(CO)が金属原子に配位したもの)と類似の構造を持つが、ホウ素と酸素の間の分極が極めて大きくて不安定であるため、合成や単離することが困難なのが特徴だ。

現在までのところ合成例は、2010年に独・Braunschweig教授によるオキソボリルを金属原子(白金)に配位させることで、ホウ素-酸素三重結合を持つオキソボリル錯体(画像1)を安定に単離することに成功した例しかなく、新しい合成法の発見、配位様式や性質、反応性などの解明が待たれていたのである。

画像1。Braunschweig教授による白金単核オキソボリル錯体の合成

鈴木教授らは、複数の金属間をヒドリド配位子で架橋した「多核ポリヒドリドクラスター」を独自に合成し、これまでその反応性を研究してきた。今回、このクラスター化合物を用いて、従来とはまったく異なるアプローチにより、オキソボリル基が、複数の金属と結合する「架橋」の配位様式を取ることを示すことに成功したというわけだ。

鈴木教授の研究室で独自に開発された「三核ルテニウムペンタヒドリド錯体」(画像2の1)を、ホウ素-水素結合を持つ「ボリレン錯体」(画像2の2)に化学的に変換した後、加熱条件下、水と反応させることにより、オキソボリル配位子が3つのルテニウム金属間に架橋した「三重架橋オキソボリル基」を持つ錯体(画像2の3)がほぼ定量的に得られたという。錯体3のオキソボリル配位子は、3つのルテニウム金属中心と結合することにより安定化されている。

画像2。ボリレン錯体2と水の反応による架橋オキソボリル錯体3の合成

錯体3のホウ素-酸素結合長(1.24Å)は、ホウ素-酸素単結合(1.36Å程度)よりもはるかに小さく、先に述べた白金単核オキソボリル錯体のホウ素-酸素三重結合(1.21Å)よりもやや伸長していることがわかった。この結果は、ホウ素-酸素間に多重結合性の相互作用を支持しているという。

これまで、複数の金属をカルボニル基で架橋したクラスターは数多く合成されており、その反応および触媒作用は広く知られているが、ずっと不安定なオキソボリル基も同様に架橋構造を持つことが今回の研究により確認された形だ。画像3・4に記載されている化合物では、結合数はカルボニル(炭素)が2つ、オキソボリル(ホウ素)が3つとなっている。

架橋型オキソボリル基(画像3:左)とカルボニル基(画像4:右)を有する遷移金属クラスター

2012年に京都大学の榊茂好教授によりオキソボリル基の構造や性質に関する理論計算による検討が行われており、この新しい結合が注目を集めつつある。鈴木教授らは今後、金属-ホウ素化合物のさらなる反応性や、オキソボリル基の性質の解明、またその特長を活かした反応の開発を行うとしている。