産業技術総合研究所(産総研)は9月25日、SiC半導体を用いて、16kVの超高耐電圧特性を持つ独自構造の絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)を開発したと発表した。
同成果は、同所 先進パワーエレクトロニクス研究センター 福田憲司総括研究主幹、超高耐圧デバイスチーム 米澤喜幸研究チーム長らによるもの。詳細は、12月9日~11日にワシントンD.C.で開催される「IEDM 2013(International Electron Device Meeting)」にて発表される。
エネルギーの有効利用を促進し低炭素社会の実現を目指すには、電力の変換(直流・交流変換や電圧変換)や制御を担うパワーエレクトロニクス(パワエレ)技術を進展させ、電力機器の飛躍的な効率化、小型軽量化、高機能化することが不可欠とされている。SiC半導体は、Si半導体に比べて絶縁破壊を起こす電界強度が10倍、最大の電子走行速度が2倍、熱伝導率が3倍という優れた物性値を持つ。これをパワーデバイスに適用すれば、デバイスの高耐電圧化、高速化が実現できるとともに、熱損失をSiパワーデバイスの10分の1以下に低減できる。さらに、200℃以上の高温動作も可能であり、パワーデバイスを搭載した各種の電気機器、システムの大幅な効率向上と小型軽量化が達成できるとされている。
産総研では、1970年代から次世代パワー半導体材料としてのSiC半導体の研究に取り組んでおり、現在は産学官連携の技術開発拠点として構築されたつくばイノベーションアリーナ(TIA-nano)にパワーエレクトロニクス技術領域が設定され、同所を中心にSiCパワエレ関連の様々な企業との共同研究や、国家プロジェクトが進められている。主に民生品を対象とする1kV領域(第1世代)、インフラ系を対象とする5kV領域(第2世代)、電力送配電への適用を想定した10kV以上の超高電圧領域(第3世代)の技術開発が同時並行で進められている。第3世代の技術は、デバイス構造の点で第2世代までのMOSFETとは異なって、高耐電圧化しても低いオン抵抗を実現できるIGBTを前提にしたものとなっており、SiCパワエレの最先端技術の牽引役と位置付けられている。
第3世代技術において、同じデバイス構造を想定した場合、SiCデバイスでは従来のSiデバイスと比べて1桁以上高い耐電圧を得ることができるため、現在のSiパワーデバイスの主流であるIGBT構造を採用することにより、10kV以上の超高耐電圧パワーデバイスを提供することが可能となる。しかし、1kV領域のものと比較すると、1桁以上厚いエピタキシャル膜が必要とされる。
研究グループは、これまでn型高品質SiC基板を用いた超高耐電圧大容量PiNダイオードの研究開発を行い、13kVの耐電圧と20A動作を確認した。しかし、10kVを超える領域の電力機器を実現するためには、ダイオードに加えトランジスタとしてp型SiC基板上に作製するSiC-IGBTが必要となる。現在、n型SiC基板に関しては、第1世代の技術応用への期待が高まり6インチの大口径高品質基板が市販されるようになっている。しかし、p型SiC基板に関しては、n型基板に比べて結晶欠陥密度が高く、厚いエピタキシャル膜およびその上にデバイス作製が可能な高品質な基板が存在しない。
今回、研究グループでは、デバイス品質の結晶作製に用いられるエピタキシャル成長によってp型基板を作製するフリップ型の基板作製方法、および過去のSiCパワーデバイスの研究開発において開発したIE構造を採用し、超高耐電圧性と低オン抵抗性を併せ持つSiC-IGBT作製を試みた。まず、高品質のn基板上に超高耐圧性能を実現するのに必要な厚いn型層をエピタキシャル成長させ、その上にp型基板層をエピタキシャル成長させる。次に、上下逆転(フリップ)させ、n型基板を取り去り、エピタキシャル成長した部分を自立させる。さらに、IGBTの制御電極(ゲート)形成では、移動度の高いカーボン面の特徴を生かせるIE構造をフリップさせたn型層の上部に作製した。IE構造では、ゲート電極直下の部分(チャネル)にエピタキシャル成長した結晶面を用いることで、通常のイオン注入による形成法に比べて高いチャネル移動度を得ることができる。
IGBTデバイス構造の試作には、TIA-nanoパワーエレクトロニクス領域のコア施設であるSiCデバイス専用試作ラインを用いた。また、SiC厚膜のエピタキシャル成長には東京エレクトロンの協力を得た。試作の結果、3mm角のSiC-IGBTチップで耐電圧16kV、オン抵抗11.3mΩcm2の超高耐電圧パワーデバイス特性を確認できた。
このようなSiデバイスでは達成できない超高耐電圧スイッチングトランジスタの実現により、送配電系を中心として電力ネットワークにおける機械的スイッチや大容量トランスの半導体化による高信頼化、小型軽量化、さらに、それらのインテリジェント化を次世代スマートグリッド構築に生かすことにより、電力分野での省エネルギー化、高機能化が大きく進展すると期待される。
今後、さらなるp型基板高品質化とデバイス作製プロセス技術の進展によって大面積、大電流の超高耐電圧SiC-IGBTを開発していくとともに、スイッチング電力損失低減を進めていく。また、他の機関や企業とも連携し、大容量電力変換に必要な大電流、高温対応パッケージング技術などの周辺技術開発を信頼性も含めて加速させ、次世代スマートグリッドなどの基幹構成要素である10kV超級の高機能低損失電力機器の実現を目指していくとコメントしている。