物質・材料研究機構(NIMS)は9月20日、次世代ディスプレイ駆動技術として、新元素構成の酸化膜を用いた画素スイッチング半導体を開発したと発表した。

同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の相川慎也ポスドク研究員、塚越一仁主任研究者、生田目俊秀統括マネジャーらによるもの。詳細は、「Applied Physics Letters」に掲載される予定。

スマートフォンやタブレットを中心にディスプレイの高精細化や多機能化が進んでいる。これに伴い、ディスプレイの消費電力も急増している。ディスプレイの消費電力が増大すると、モバイル通信機器の連続使用時間が短くなり、スマートフォンやタブレットでは、数時間程度の間隔で頻繁に充電をしなければならない。さらに、スマートフォンなどモバイル端末は、出荷台数が年々増加しており、省電力化に向けた技術開発は課題となっている。また、モバイル機器だけでなく、テレビでも高精細化を進めるため、画素を制御するスイッチングトランジスタの高速化が求められており、現行のアモルファスシリコンでは次世代テレビを製造するのは困難とされている。

この問題を解決する材料として、IGZO(酸化インジウム、酸化ガリウムおよび酸化亜鉛の混合物)薄膜が開発され、搭載したスマートフォンが市場に出回っている。しかし、従来のアモルファスシリコン(Si)を用いたディスプレイパネルと比較して、性能面では向上しているが、IGZOに含まれる酸化亜鉛や酸化ガリウムは酸・アルカリに対して不安定である。さらに、生産工程での加熱/冷却にて、酸素の離脱/吸着が起こるため、薄膜トランジスタの特性が変化してしまう。また、亜鉛は汎用性が高く、亜鉛鋼板めっきやゴム加硫剤として多量に使われるために、20年以内に資源枯渇することが懸念されており、IGZO膜の開発が進められていながらも、より安定で亜鉛を含まない酸化物半導体材料が必要と考えられている。

今回の研究では、制御が困難で、材料の安定供給が将来的に懸念されるガリウムや亜鉛を使用しない新規酸化物半導体材料として、酸化インジウムに酸化シリコンを少量添加したIn-Si-Oターゲットを用い、高性能かつ電気的・熱的に安定な薄膜トランジスタを作製することに成功した。また、酸化タングステンを添加したIn-W-Oおよび酸化チタンを添加したIn-Ti-Oを用いて薄膜トランジスタを作製し、これら3種の添加酸化物(SiO2、WO3、TiO2)の比較から、少量添加した酸化物材料がトランジスタ素子の動作安定性に密接に関与していることを見出した。スパッタリングによって室温製膜した薄膜は、極めて平坦かつ均質なアモルファス膜であり、ドープしたシリコン基板/SiO2絶縁膜上に薄膜を製膜し電極を形成するだけでトランジスタとなる。トランジスタの伝達特性は、9ケタにおよぶ高いスイッチング特性を示し、電界効果移動度もIGZO膜に匹敵する性能が得られた。さらに、成膜時の酸素分圧に対する導電特性の変化を調べたところ、添加元素の違いによって薄膜の伝導の安定性が異なることが分かった。これは、酸化物半導体膜中の酸素欠陥と密接に関わる添加物の"酸素との結合解離エネルギー"に大きく依存していることを示しているという。

酸素との結合が強いSiでは、膜中への酸素欠陥が容易にできないため、成膜時の酸素分圧が大きく変化しても導電率が変わりにくく、製膜の際の製造条件が広くなることが見出された。また、極微量な添加量であるにもかかわらず、熱処理に対する伝導特性の変化も抑制できる(安定化)ことが分かった。金属と酸素との結合解離エネルギーを考えた場合、今回開発された酸化物(チタン、タングステン、シリコン)の結合解離エネルギーは、Ti-O:667、W-O:720、Si-O:800kJ/molであり、IGZOで用いられているインジウムと酸素(In-O)、ガリウムと酸素(Ga-O)、亜鉛と酸素(Zn-O)の結合解離エネルギー、346、374、250kJ/molに比べ大きく、開発された酸化物半導体は従来の酸化物半導体で使用されていた材料よりも極めて安定性が高いと考えられるとしている。

今後、研究グループでは、添加元素の添加量最適化、熱処理の調整、電極金属の選択、素子構造などの調整をすることで、トランジスタ特性や効率的な製造の向上が期待できるとコメントしている。

試作した酸化膜トランジスタの外観写真および素子構造の模式図

室温で製膜し、150℃でアニールすることで得られたSiO2を添加した酸化インジウム膜のトランジスタ特性

酸化膜をスパッタ製膜する際の酸素分圧条件と膜の伝導の相関図。Ti添加の場合、酸素分圧の変化が伝導度を大きく変えてしまうが、Si添加の場合は伝導度の変化を小さく抑えられる。この結果、薄膜に熱を加えても、酸素の離脱や吸収による伝導度の変化が小さい。図中の括弧内は添加酸化物それぞれの結合かい離エネルギー(kJ/mol)を記している