産業技術総合研究所(産総研)は9月13日、内視鏡画像処理などを行う医療機器用ソフトウェアを開発するためのSDK「SCCToolKit(Small Computings for Clinicals ToolKit)」を無償公開すると発表した。ウェブサイトでの情報提供をすでに開始しており、併せてソフトウェアを中心に構成される医療機器の開発支援活動を展開するという。
同成果は、同所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門 鎮西清行副研究部門長によるもの。詳細は、9月22日~26日に名古屋市で開催される国際会議「第16回コンピュータ医用画像処理ならびにコンピュータ支援治療に関する国際会議(MICCAI 2013)」にて発表される。
年率約8%で拡大する医療機器市場は、成長分野として期待されている。しかし、国内市場は約6000億円の輸入超過となっている。特に、欧米主要企業が医療機器とサービスを一体化する戦略を展開しているのに対し、国内企業はサービスおよびソフトウェアの面で遅れをとっている。医療機器の上市に当たっては、薬事法の製造販売承認などの規制がある。現在、同法上の医療機器の機能を持つソフトウェアは、ハードウェアと一体で製造販売するものとされており、ソフトウェア単体での製品は、医療機器としての製造販売が認められていない。このため、ソフトウェア医療機器は国内では製品化できず、産業として育っていない。
しかし最近では、医療機器に相当する機能を持つスマートフォン用ソフトウェアが、海外のサーバからダウンロード販売されているため国内でも入手でき、海外の多くの国・地域でソフトウェア医療機器が法的に定義されており、その流通が認められるなど、ソフトウェア医療機器をめぐる状況に大きな変化が生じている。政府は、5月に薬事法の抜本改正を目指した法案を閣議決定し、その中で、ソフトウェア医療機器の概念を導入するとしている。これにより、日本国内でもソフトウェア医療機器の流通に多様な形態が生まれ、多様なサービスやソフトウェアのビジネスモデルにつながることへの期待が高まっている。
産総研は、大学などの機関とともに、医療機器ログシステムなどの開発を行ってきた。これらは、大型パソコンで動作し、多くの開発用の機能を付加した研究中のシステムだったことから、熟練した研究者が操作するためのシステムとなっていた。そこで、今回の「SCCToolKit」では、高度な研究用システムの中から、医療スタッフだけで扱えるように機能を限定し、かつ小型のパソコンで動作できるように編成し直して、ソフトウェア開発キットとして整備した。
「SccToolKit」の主な機能は、市販ハードウェアを併用したHDTV映像の取り込み、USB接続カメラなどからの映像の取り込み、スマートフォンを使った設定変更などの操作、モニターへの画面表示、などである。
技術的な特徴は、映像の取り込みから表示までの遅れ時間が短く、人間が知覚できる限界の0.2秒以下を達成した。この遅れ時間は専用ハードウェアを使用する既存の製品と同等の性能となっている。また、小型のパソコンでもその性能を達成した。現在は、Appleの「Mac Mini」などで動作しており、将来的にはWindowsが動作するIntelのNUCフォームファクターの小型パソコンでも動作するように拡張する予定としている。
同開発キットは、商用プログラムを開発でき、かつプログラムのソースコードの独自改良部分の公開を要求しない特徴を有する「BSD系ライセンス」により公開する。産総研では、この開発キットを利用する企業や研究機関との共同研究を積極的に推進する。共同研究として実施する開発については、産総研がそのプログラムやシステムの有効性・安全性の評価に参画する。これにより、ソフトウェア技術を中心とする医療機器の開発・臨床実用化を支援する活動を開始する。
医療機器やそのソフトウェアの開発を行う企業や研究機関にとって、この開発キットを導入し産総研と共同研究を実施するメリットは、ソースコードが公開されていることから、企業が各社の基準に沿って検証を行うことができる、産総研が蓄積している薬事法制度や関連規格に関する知識を導入することができ、医療機器や医療機器ソフトウェアの分野へ新規参入するにあたっての情報を補うことができる、産総研が臨床研究を含めて開発に関与することで、臨床研究を実施する医療機関とのマッチングの支援などが可能であり、臨床研究に進みやすい、などといったことが期待できる。
また、この開発キットを用いて開発したシステムは、ユーザーである医療スタッフにとっては、小型のパソコンで動作するシステムなので、手術室などでも置き場所に困らない、簡単・単機能と機能が限定されているので、使い方で迷わない、比較的安価のパソコンで動作するので、導入コストが安い、などのメリットを持つ。
これらの特徴により、企業や大学の研究室で生まれた新しいアイデア、先進的なアルゴリズムなどを備えたシステムを、小型、簡単、単機能、安価なお試し版システムとして提供することが可能となる。臨床研究を実施してソフトウェアの改良を進めていくという開発サイクルによって、早期に製品のコンセプトを確立して薬事申請からその後の承認、上市につなげることが期待できる。
産総研では、これまで開発を進めてきた遠隔手術手技指導システムを、「SCCToolKit」を用いて簡単化したお試し版を試作した。産総研がシステムを開発し、関西医科大学、筑波大学と共同で、その効果に関する臨床研究を実施している。現在、共同研究で使用しているシステムは、8チャネル程度のカメラ映像を映像処理、合成表示する機能を持つもので、大型のパソコンを用いて構築しており、総額で100万円近い原価のシステムとなった。
そこで、「SCCToolKit」を用いて、小型カメラ2~3個を用いた最小システムを構築した。このうち、2つを内視鏡を模したUSB接続あるいはIEEE 1394インタフェース接続の小型カメラとし、それぞれを指導者、生徒の操作を映像化する。残り1つのカメラは指導者の指先を内視鏡画像に重ね合わせてモニタに表示する。プログラムは、Appleの「Mac Mini」などで動作する。これにより、小型カメラも合わせて、10万円以内の原価に抑えることができた(モニタ、内視鏡を含まない)。映像処理は、上記の研究用システムと同等の機能が可能であり、映像取得から表示までの遅れ時間が0.2秒以内であることを確認したという。
「SCCToolKit」を用いた、遠隔手術手技指導システムのお試し版。フルシステムは8チャネル程度のカメラ映像を合成表示する機能を持ち、大型パソコンを用いていたため、総額で約100万円近い原価のシステムだった。「SCCToolKit」を用いて、小型カメラ2~3個を用いたお試し版システムを構築した。10万円以内の原価に抑えることができた |
すでに、ウェブサイトでの情報提供を開始しており、同開発キットを活用した、ソフトウェア技術を中心とする医療機器の開発と臨床実用化を支援する活動を今年度内に開始する予定という。技術的には、セキュリティー対策などに関する海外のガイダンス文書への適合などの国際化対応を図っていくとしている。